第二章 燃える運命は回避できない
第1話 新たな死の運命へ
「期末の結果は?」
「中の上」
隣の席の笹篠に問われてテスト用紙を見せながら言い返す。
平均点が七十点だし、中の上じゃない?
一学期の末の末、期末テストを終えてみんな夏休みを前にだらけている今日この頃、俺はちょっと気合を入れなおしていた。
明日から親戚のキャンプ場でのアルバイトがある。
そして、笹篠や迅堂の話では、俺はそのキャンプ場で死ぬらしい。
今年の俺、激動では?
笹篠がテスト用紙を折ってカバンに入れる。
「テストの内容が変わってないと、なんだかズルした気分なのよね」
「持てる力の限りを尽くすのがテストだよ。未来人なのは個性の一つなんだからいいんじゃない?」
他にも同様の個性を持っている人が居ますけども。
なお、いまの俺は現代人である。交通事故ループも通り魔ループも潜り抜けているからだ。
そして多分、明日の俺は未来人。
この俺は何人目だろうね?
「白杉は迅堂さんと泊まり込みでバイトよね?」
「そうだね」
迅堂から、キャンプ場のバイトに応募したという話は聞いている。本来、未来のことなので確定ではないのだが、未来人である笹篠と迅堂が話すからには確定だろう。
「一個下の後輩と一つ屋根の下かぁ。間違いを起こす前に私と間違えてみる?」
「正解の道を行こうぜ」
というか、命の危機のさなかに間違いとか起こさないわ。いざという時にいつでも動けるように、眠る時もジャージを着ておこうと思ってるくらいだ。
笹篠はふてくされたように机に頬杖を突いて俺を睨んでくる。相変わらずの美人だけあって、じゃれつくような睨み顔でも少し迫力があった。
金髪を耳掛けながら、笹篠が口を開く。
「八月の十五日までバイトでしょう? 海とか行けないじゃない。水着、見たいと思わないの?」
「デパートの売り場に行けばいいのかな?」
「水着姿の話をしてるのよ」
わかってます。
笹篠が不満たらたらで睨みつけてくる。
「私も白杉とお泊りバイトがしたかった」
「二人いれば回るってオーナーの斎田さんの判断だから仕方がないでしょ」
そう、笹篠はバイトに応募して、落ちた。迅堂に先を越されたのである。
迅堂に煽られる笹篠の悔しそうな顔といったらもう、なかなか可愛かった。
「差し入れくらいはしてあげるわ。山の中なんでしょう?」
「キャンプ場だからね。結構大きな山でコンビニも近くにはないね。自転車で三十分ちょっとくらいかかる」
ほぼ下り坂で三十分だ。コンビニからの帰りなんてちょっと考えたくない。
免許でも取ろうかな。いろいろと役に立つし。
「とにかく、間違いを起こしそうになったら連絡しなさい。水着写真くらい送ってあげるから」
「オッケー、待ち受けにして見せびらかす」
「それはさすがにやめて」
笹篠が顔真っ赤で止めてくる。
もちろん、冗談である。
そんな俺たちを見るクラスメイトの視線は二つに分かれた。
生暖かい視線と冷たい視線である。前者は主に女子から、後者は主に男子から俺に注がれている。
球技大会からもうずいぶんと経つけど、半ばクラス公認のカップル扱いされている。実際は付き合っていない。
「この視線から解放されるのが夏休みのいいところだな」
「私は悪くないと思うんだけどね。外堀も順調に埋められるし」
「浚渫って大変なんだよ?」
「しゅんせつ?」
「川底に土砂が溜まらないように掃除すること」
「へぇ」
新たな知識に感心した様子の笹篠は教室を見回してから首を傾げた。
「いつの間にその浚渫とやらをしたのよ? まるで効果がないようだけど」
「業者を手配してるんだ。もうすぐ来るよ」
「業者?」
笹篠が怪訝な顔をした直後、教室の入り口に件の業者、迅堂が現れた。
「白杉先輩! デートに行きますよ! あ、間違えた。デートに行きますよ! あ、また間違えた。バイトデートに行きますよ!」
絶対にわざと間違えてる。
笹篠が納得半分、呆れ半分の顔で迅堂を見た。
「堀を埋める土砂を取り除いて外来種を入れるかのごとき所業ね。もうちょっといい業者はいなかったの?」
「だーれが指定外来種ですか! 白杉先輩への愛が異常繁殖しようとも生態系は狂いませんよ! ですよね、先輩!?」
「うーん……」
「悩まないでくださいよ!」
この教室中の視線を考えると悩むんだよね。
一学期の間にみんなもだいぶ慣れてきているとはいえ、それでも美少女二人と仲良くしているもんだから嫉妬の視線がすごいのなんのって。夏に入って気温が上がってきた昨今、視線の冷たさとの温度差で発電できそうだよ。
あまりにもいたたまれないので席を立つ。迅堂を待っていただけだし。
「それじゃあ、行こうか」
「はーい。笹篠先輩は海にでも行ってください。迅堂春は山ガールになってきますので」
「胸に山はないみたいね? 大海原を思い出すわ」
「うるさいですよ! 爽やかな草原の風を感じる胸でしょうが!」
大声で何を言ってるの、この子。
恥ずかしいので迅堂の腕を掴んでさっさと教室を出る。予想出来ていたことだけど、笹篠もついてきた。
「週末キャンプ場の整備で来週の月曜日に戻ってくるのよね?」
「まだ終業式が終わってないからね」
「つまり、土日は一つ屋根の下か。気を付けなさいよ」
笹篠の口調から、何となく察して俺は無言で頷いた。
早くも明日、明後日に俺の焼死体が出来上がる世界線があるっぽいですね。
こんがり焼けましたなんて冗談じゃない。
なんて考えていると迅堂が口を滑らせた。
「先輩の未来は必ず守ります!」
「俺は一生独身でいいや。だから、迅堂が将来のことを考える必要はないぞ」
「あ、そういう話ね」
未来に迫った死の運命ではなく俺の人生設計の話だと理解した笹篠が納得する。
明日からが本番なのに、こんなところでチェシャ猫発動されてたまるかよ。
「白杉先輩を守るためなら、たとえ火の中でも――」
「水の中でもな。キャンプ場の近くには川が流れているけど、釣り客が多いから遊泳禁止だとさ」
火事を連想させる単語にも要注意である。
というか、火の中水の中って慣用句ではなく、火の中でもって、何に続けようとしたのかと。
いや、笹篠のそばで聞いたらアウトだけど。
高校の敷地を出て、俺は笹篠と別れて迅堂と共に歩き出す。
「先輩、明日からよろしくお願いしますね!」
「お互いにな」
多分、何度か繰り返している迅堂の方がバイトに慣れているだろう。
俺は路上に人が居ないのを確認してから、迅堂に気になっていたことを尋ねる。
「俺、この夏に何回死んでるんだ?」
「……四十三回です」
迅堂が悔しそうな顔をして、空を仰ぐ。
「他に二十二回。身元不明の焼死体として見つかっています」
「迷惑をかける」
「いいえ、今回はかなりマシなはずです。笹篠先輩が生存している世界線なんて初めてですから。それに……」
「それに?」
「いえ、バタフライエフェクトが怖いので明日に話します」
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