第3話 未来人、三人目

「――今日はお疲れ様。初日から夜まで手伝ってもらうのも悪いから、明日からお願いね」


 宮納さんに本日分の給料とバス代をもらい、喫茶店を後にする。

 店を出る直前、宮納さんに首根っこを掴まれた。


「きちんと送り届けるんだよ? 相手は女の子なんだからね」

「バス代が多いと思ったら、そういうことですか」

「頼んだよ」


 背中をポンと押されて送り出され、ニヨニヨ笑っている迅堂に歩み寄る。


「先輩、ご両親に挨拶しますか?」

「しないよ。とりあえず、送っていくからバス停までいこうか。聞きたいこともあるし」


 バス停へと並んで歩きだす。時刻はすでに午後六時を回っている。季節柄、すでに外は暗く街灯が通りを照らしていた。

 二人揃って制服で歩いていると、夕食の買い出しを終えた主婦の皆々様が「あらぁ」と頬を緩めて見てくる。


 お隣の未来人の力を借りて主婦様方が旦那と付き合い始めた過去にさかのぼってはやし立ててやろうか。クラッカーを鳴らしてケミカルライトを持って踊りながら近づいてやろうか。

 ……通報されますね。そうですね。


「未来人だって認めてくれました?」


 俺の馬鹿な計画も知らず、お隣の未来人、迅堂が尋ねてくる。


「まぁ、認めざるを得ないよ」


 宣言通り、十三人のお客の服装を柄はもちろんシャツに書かれたでたらめな英単語まで言い当てられては認めるしかない。笹篠の件もある。


「俺ってやっぱり死ぬの?」

「死なせないように、未来から戻ってきたんです」

「なんか、立場逆な気がする。助ける側になりたかったな。これじゃあ、俺がヒロイン枠だろ? 誰得だよ」

「実に美味しゅうございます」

「何その口調?」


 まぁ、もうすぐ死ぬと言われたなら仕方がない。せめて、身の回りに気をつけて生きるとしよう。


「横断歩道を渡るときは左右確認をすればいいかな」

「そうしてください。私と付き合って手っ取り早く運命を変えちゃうのもお勧めです。チョウチョの羽ばたきで嵐を巻き起こしてやりましょう!」

「それはそれで死ぬ気がするなぁ」


 そもそも、迅堂にとってはどうか知らないが俺の主観では出会って一日である。これでカップル成立なら世の中少子化に悩んでいない。

 あるいは、迅堂や笹篠の存在が少子化に一風を巻き起こす蝶の羽ばたきであるのかもしれない。


「俺っていつ頃死ぬの?」

「そんなに慌てなくても、まだだいぶ先ですよ」


 笑いながら腕を叩かれた。

 まぁ、笹篠も今日はあっさり引いたくらいだし、今日明日ってわけではないんだろう。


「しかしまぁ、死ぬって言われても実感がわかないな。余命宣告みたいなものなのに、急いで何かをしようとか、悔いのないようにとか、考えないものだな」

「それは単純に私の話を微妙に疑ったままだからじゃ――いえ、悔いのないよう、彼女を作っておくべきではありませんかね!? 先輩もほら、ご両親に彼女を紹介して安心させておきたいじゃないですか」

「しれっと外堀を埋めてこようとするな。そもそも、俺が死んだら両親の安心が吹き飛ぶし、恋人に申し訳ないだろうが。それに、迅堂が俺を助けるっていうなら、俺は普通に両親に彼女として迅堂を紹介して自ら退路を断つだけじゃん」

「むむむっ、やはり先輩は頭の回転が速い。さらっと信憑性のある嘘をついたりして意地悪ですけど」

「からかって面白い奴にしかあんなでたらめを吹き込まないけどな」

「待遇の改善を要求します! ……これ、毎回言ってる気がするんですけど」

「俺は初めて聞いたなぁ」


 未来人じゃないもんで。

 バスに乗り込み、奥の席に座りこむ。

 保育園からの帰りだろうか。母親に連れられた女の子がじっと俺たちを観察してきていた。主婦様方と同じ種類の熱視線。


「ほらほら、あのくらいの子にもお似合いのカップルに見えちゃうんですよ。これはもう、身を固めるしかなくないですかね?」

「俺は軟弱者だから」

「初めて聞くお断り文句なんですけど」

「ところで今までのループで何回振られてるの?」

「ゼロ回ですよ。付き合ってくれるまで告白してますから」

「そ、そっか……」

「何でちょっと引いてるんですか!?」


 いや、ちょっとストーカー気質を感じてね。

 本人には言わないけども。


「あ、次降ります。よっと」


 降車ボタンを押した迅堂は視線を感じて女の子の方を見た。

 ボタンに手を伸ばした姿勢で固まった女の子が迅堂を見て悔しそうな顔をしている。

 迅堂が助け船を求めて俺を見た。

 そんな目を向けられても、俺にどうしろというのか。


「明日からは譲ったら?」

「そうします」

「――ゆずられる勝利に、よろこびは、ねぇんだ!」


 何かのアニメの台詞らしきものを口走った女の子の口を塞いで、母親がペコペコ頭を下げてくる。

 大物になりそうな子だなぁ。

 そんな寸劇が車内で繰り広げられても、バスはきちんと目的地へ着く。

 母子に先に降りてもらい、後から迅堂と降りると女の子に手を振られた。


「またあしたー」

「はい、また明日」


 そんな約束して大丈夫? ライバル認定されてるよ?

 母子を見送り、迅堂の家に歩き出す。

 迅堂が思い悩むように夜空を見上げた。


「明日、私は勝ちを譲るべきですかね?」

「一つ手前で降りればいいと思うけど」

「あ、その手がありました! 先輩と一緒に長く歩けて一石二鳥ですね!」


 しまった。墓穴を掘った。


「言質を取りましたからね!」

「時間をずらしてしまえば」

「――あぁー聞こえなーい。言い訳はー聞こえなーい!」

「分かった、分かった」


 口で勝てないと分かって戦いを完全拒否してくる迅堂に根負けする。

 迅堂の家は住宅街にある庭付き一戸建てだった。


「先輩の家に比べると狭いですけど、上がっていきますか?」

「いや、帰るよ」

「まぁまぁ、そう言わず」

「言うよ」


 思いっきり家の電気がついている。すなわちご家族が在宅中である。

 いや、不在でもまずいけど。


「まぁ、先輩ならそう言うでしょうね。これからバイトにかこつけてアピールしまくりますので、根負けしたら告白してくださいよ」


 割とあっさり引いた迅堂は家の門扉を開けて玄関に向かう。その背中に声をかける。


「俺は我慢強い方だよ」


 だから諦めろ、という前に迅堂は肩越しに振り返って明るく、しかし少し寂しそうに笑った。


「知ってますよ。好きな人のことですもん」


 玄関を開けて中に入っていく迅堂を見て、少し後悔する。

 考えてみれば、迅堂は俺の命を救いに未来からやってきたのだ。それなのに、取り付く島もなく振り続けるというのは仁義に反する。

 かといって、告白を受けるわけにもいかないのだが。


 自宅へ向かって歩き出しつつ、今日の出来事を考える。


 笹篠明華、迅堂春、二人の未来人が俺の死を回避しにやってきたという。

 そして、どういうわけだか、二人とも俺と付き合っていたという。

 もしかして、二人とも別々の未来から来たんじゃないだろうか。もしそうなら、俺は二股男の不名誉を背負わずに済む。


 拝啓、未来の俺へ。

 大丈夫ですか? チャラ男になっていませんか?

 甲斐性なしなんですから、身の丈に合わない人付き合いは身を滅ぼしますよ。

 二股かけているなら死に晒せ、リア充め。敬具


 益体もないことを考えていると、スマホが着信を知らせた。


「海空姉さんか――もしもし?」

「巴、君を救いに未来から来たよ」

「姉さんもかよ!」


 三人目かよ! リア充、死に晒せ!

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