第2話 未来人、二人目

 始業式があるばかりで授業はなく、今日は早々に放課後に突入である。

 たった半日だというのにどっと疲れたのは、隣の席で笑う金髪のせいだ。


「信じた? 信じたわよね? さすがにここまで的中させれば信じるわよね?」


 笹篠の予言は確かにすべて的中だった。にわか雨や火災報知器に関しては事前に情報を手に入れることもできない。なにしろ、スマホで天気予報を確認したらにわか雨の予報もなかったのだ。

 まぁ、小雨というのもおこがましいパラパラ具合だったけど。


 しかし、ここまで的中させる以上、笹篠が未来人というのも信じたくなる。


「マジで俺、トラック事故で死ぬのか」

「だから、死なないように私と付き合えばいいのよ」

「因果関係が見えないんだって」

「強情ね。損はしないと思うわよ?」

「……しないと思う? 推測ってことは、今まで付き合ってなかったんじゃないか?」

「――損はさせなかったわ」

「言い直すんだ。ますます怪しい」


 横目で見ると、笹篠はふてくされたように両腕を組んでそっぽを向いた。


「何でそんなに私と付き合うのが嫌なのよ。前はあんなにイチャイチャしたのに!」

「別の俺ですし」


 そりゃあ、俺だって笹篠のことは可愛い子だと思う。

 だが、付き合うとかいう段階ではないのだ。感覚的に、今日の朝の謎告白までは単なる知り合い、いまはせいぜいが友達である。一段抜かしで恋人関係に進む勇気はない。


 そもそも、なんで俺と付き合いたいかを笹篠から聞いていない。俺を救うためとは言うが、それだけなら恋愛感情もないだろう。

 どうにも、冗談のように聞こえて仕方がないのだ。本人の手前、流石に指摘はできないが。


「我ながら、こんなに恋愛に保守的だったとは思わなかったよ」

「まったくよ。私が前に告白した時には二つ返事でオッケーして、そのまま親戚に顔合わせしたのに」

「めっちゃスピーディ展開だけど、その親戚って喫茶店のマスターじゃない?」

「そうよ?」

「バイト先じゃねぇか!」


 絶対、告白を受けたものの、そのまま「さよなら、また明日」は感じが悪いし、でもバイトにも行かなきゃいけないからコーヒーとケーキでも奢って時間を稼いで帰りを送ろうとか思ってたよ、その時の俺。

 自分のことだけに正確に考えをなぞれるわ。


「あ、そうだ。バイト行かなきゃ」


 未来人カミングアウトのせいで頭から抜け落ちてた。


「バイト初日に彼女同伴はさすがにまずいわよね。仕方がないから今日のところは手を引くわ。――今日はこのぐらいにしてやるわ!」

「なんで小悪党風に言いなおした」

「それじゃ、また明日ね」

「おう」


 案外あっさりと引き下がって、笹篠はカバンを持って教室を出て行った。友人が数人、笹篠を追いかけていったのは、今朝の告白の件を問いただすためだろう。

 俺も捕まらない内にバイト先へ向かうとしようか。


「そういえば、笹篠が一緒に来ないってことは、今日トラックに轢かれるわけじゃないのか」


 ますます、今朝、教室で告白する必要はなかったのでは?


 カバンを片手に教室を出て、靴を履き替え、高校を出る。

 スマホを確認すると、海空姉さんからバイト先の喫茶店の周辺地図が送られてきていた。ご丁寧に高校最寄りのバス停の時刻表まで添えられている。

 どうやら、喫茶店の近くに大学があるらしい。この時期、新入生の歓迎などで喫茶店を利用する客が増えるため、一時的に人手を増やすのか。

 さらには夜に洋食酒場になるようで、時間が許すなら夜も手伝ってほしいとのこと。


 喫茶店のマスターは宮納さん。親族会議で何回か見たな。眼鏡をかけた中年手前の男性だ。

 バス停に佇み、スマホを弄る。


「今から向かいます、白杉しらすぎともえっと」


 宮納さんに連絡を入れ、ついでに海空姉さんにも連絡しておく。


 松瀬家を本家とする俺たちの一族は一応、地元の名士である。

 親族同士のつながりが強く、今回のような人手の貸し借りはもちろん、資金の融資なども松瀬本家の音頭で行われるほど、付き合いが密接だ。


 我が白杉家は造園業をしている。松瀬本家の庭だけでなく、分家がやっている旅館の庭園や市内の道路の街路樹に至るまで、うちのお仕事だ。

 かく言う俺は、実家の手伝いもせずに親戚の人手不足を助けて回る助っ人である。おかげで色々と身についてしまった。


 バスに乗り込んで揺られること十数分、到着したのは駅からバス停二つ分離れた喫茶店だ。駅に近すぎず、遠すぎず、良い立地にある。

 喫茶店の中に入り、カウンターで新聞を読んでいた宮納さんに声をかける。


「お邪魔します。本家からの連絡で手伝いに来ました」

「お、おぉ、助かるよ。白杉の……巴君だっけ? 大きくなったねぇ、もうバイトができる歳かぁ」

「それを言われ続けて丸一年経ってますよ」


 苦笑しつつ、店内を見回す。まだ客は入っていないが、店内にはコーヒーの香ばしさが漂い、控えめな音量でアニソンのボサノバカバー曲が流れていた。

 夜には洋食酒場になるだけあって、カウンターの隅にはお酒のボトルが置かれている。

 テーブル席が三つ、カウンターは四席。メニューは軽食が主で昼間は酒の提供をしていないようだ。甘いデザートもあるけれど、どちらかというとビターテイストのチョコケーキなどに比重が偏っているのは客層の影響なのか、マスターである宮納さんの趣味なのか。


「俺は何を手伝えば――」


 早速、業務内容の話をしようとした矢先、喫茶店の扉が開かれた。


「人手は不足してませんか? バイトしたいんですけど!」


 開口一番、元気にバイト入りの名乗りを上げたのは俺と同じ高校の女子制服に身を包んだ小柄な少女だった。学年ごとに異なる襟に入ったラインの色は一年生であることを示している。

 俺の後輩かな?

 というか……俺、お役御免の気配。


 宮納さんと顔を見合わせる。宮納さんもまさか今日のうちに飛び入り参加でバイト志願者が来るとは予想していなかったらしく、困惑顔だ。


「あぁ、とりあえずコーヒーを淹れようかな。二人でそこの窓際に座ってくれるかい? 君たちなら絵になるし……」


 ちゃっかり俺と後輩飛び入りバイトちゃんを客寄せ看板にしようとしてません?


「チョコレートケーキもいいですよねぇ」

「分かった、出そう」

「ありがとうございます」


 準備を始める宮納さんから視線を外し、俺は飛び入りバイトちゃんに声をかける。


「そこの席に座って待っててほしいってさ」

「了解です!」


 ビシッと形のいい敬礼をしたバイトちゃんとテーブルを挟んで座る。

 ふむ、可愛い子だ。宮納さんが絵になるといったのも頷ける。半ば自画自賛が入ってしまったのはご愛敬。

 肩に触れるくらいの長めのボブカット。明るい茶色に染めているのも相まって元気でかわいい印象を受ける。愛嬌のある丸みを帯びた顔に、本人がはきはき喋るので全体の印象も明るい。接客業向きだ。


 やっぱり、早くも俺がいらない子扱いされそうな気配。


迅堂じんどうはるといいます!」

「あ、はい。白杉巴です。ここのマスターの宮納さんの親戚で、今日から手伝うことになってました」


 迅堂春と名乗ったバイトちゃんはテーブルに手をついて俺に顔を寄せてくる。


「知っていますよ、白杉先輩」

「え? 俺ってそんなに有名人だっけ?」


 やっぱり今朝、笹篠に告られたのが原因か。

 他クラスの男子にまで睨まれたもんなぁ。でも、入学したばかりの一年生にまで噂が届くとは、やはり笹篠明華は話題性の塊だな。

 などと思っていると、迅堂は俺に囁いた。


「白杉先輩、あなたを助けに未来から来ました!」

「……あ、はい」


 流行ってんの、それ?

 俺の冷めた反応に迅堂は「ですよねぇ、そうなりますよねぇ」と一人納得してうんうんと頷く。


「白杉先輩はここでのバイトを通して私と恋人関係になるんです。ですが、イチャイチャする間もなく死んじゃいました。なので、未来から先輩を助けにこうして舞い戻った次第です!」

「うーん」


 強烈なデジャブを感じる。

 というか、未来の俺、節操なさすぎない? 笹篠と付き合うんじゃなかったの? 二股クズ男なの?

 へこむわぁ。未来の俺の所業にへこむ。

 しかも結局、死ぬんかい。二股かけた罰が当たったんじゃねぇの?

 などと思っている間にも、迅堂は話を進める。


「先輩が信じられないのも無理はありません」


 まぁ、笹篠の件があるからまるっきり信じてないわけでもないんだけどね?

 どちらかというと、未来人であるかどうかよりそんな二股野郎の命を救いに来たっていう二人の聖人君子っぷりが信じがたい。俺の息の根止めても許される立場だと思うよ、二人とも。

 今の俺は無実だけど。誠実に生きようと誓ったけど。

 だから、いまは見逃してね?


「なので、証拠をお見せしましょう」

「証拠?」

「はい。これからこのお店に来るお客さんの服装を全部言い当てます」

「ちなみに何人来るの?」

「十三人です」


 よく覚えてるな。

 ……覚えてしまえるほどに、この時間を繰り返したのか?


「――コーヒーとチョコレートケーキだよ」


 宮納さんがトレイで運んでくる。

 テーブルの横に立った宮納さんはコーヒーとチョコレートケーキを俺と迅堂の前に置くと、自分の分のコーヒーの香りを楽しんでから俺たちを見た。


「コーヒーを淹れながら考えたんだけど、ひとまず二人とも雇うよ。本家を通した手前、バイト候補が来たからキャンセルっていうのもまずいからね。巴君、申し訳ないけどしばらくお願いできるかな?」

「俺はもともとそのつもりだったので、大丈夫ですよ」

「この迅堂春、お役に立って見せますぜ!」

「元気だねぇ。期待しているよ。それじゃ、それを食べ終えたら仕事を教えるから、それまでのんびりとバイト同士の交流をしていてほしい。私は少し、仕入れ先に連絡をしてくるから」

「はい、わかりました」


 バックヤードらしい奥の扉に引っ込む宮納さんを見送る。

 仕入れ先か。まさかブラジルあたりからコーヒー豆を個人輸入しているとか――


「碁蔵って担当者から輸入しているらしいですよ」


 まるで俺の心を読んだように迅堂が情報提供してきた。

 ニコニコ笑っているが、おそらく未来の俺が雑談で話題を振ったのだろう。心を読んだわけではないはずだ。


「読んでないでーす」

「未来を見るなよ」

「先輩、その発言は後ろ向きすぎませんか?」

「未来人め」


 情報アドバンテージが大きすぎて口では絶対に敵いそうもない。というか、言い負かされた未来から戻ってきてやり直されたら、俺って絶対に勝てないのでは?

 未来人にケンカを売ってはならない。肝に銘じておこう。


「なんかですね。その碁蔵って人、結構なやり手みたいですよ。宮納さんも頭が上がらないみたいでスマホを耳に当てながらぺこぺこしてました」

「あぁ、電話先にぺこぺこするあの動き、テレホンハンマーっていう名前らしいぞ」

「えっマジですか!? ――嘘じゃないですか!」


 この短時間に未来から帰ってきたらしく顔を真っ赤にした迅堂が怒り出す。


「明日友達にドヤ顔披露して赤っ恥掻いてきましたよ! 得意げに嘘マメ知識を披露しないでくださいよ、もう!」

「その場に居合わせなかったのは実に残念だけど、これはこれで面白い反応が見れたからいいかな。あ、正確にはジャップペッカーって言って、ウッドペッカー、つまりキツツキの動きに似ているところと日本人特有なのを揶揄ってつけられたらしい」

「へぇ……あぁ! また、嘘をつきましたよね!?」


 この子面白いなぁ。

 悔しそうな顔の迅堂を笑いつつ、チョコレートケーキを食べてコーヒーを飲み、一息入れる。

 さて、アルバイトを始めようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る