第48話 スイーツ

 ぜぇぜぇぜぇ……。

 

 デートコースは、お菓子工場の見学です。


 梨乃ちゃんに手を引っ張られて。

 お兄ちゃんの息が上がります。


「すまんが、少し休憩にしないか?」

「ええ、この先に試食スペースがありますし、直木さんは席をとっておいてください。よさそうなお菓子を選んできてあげます」

 

 こっちの世界のお兄ちゃんは、パソコンやゲームに夢中なインドア派だったらしく、全身の筋肉がそげ落ちたように、力もスタミナも皆無だそうです。

 なお、妹式アプリは使えませんが、フェアなデートを監督するために、わたしは今回もふたりを尾行しています。


 お菓子工場の中はほんのり甘い香りで、試食スペースにとどまらず、通路の壁や、天井、あるいは床までもが、お菓子のパッケージイラストで埋め尽くされています。

 途中には、製造過程のモニタールームがあって、虫一匹、ほこり一粒も混入させない決意と努力を見せつけられます。

「はいどうぞ」

 梨乃ちゃんが、お菓子をのせた皿をテーブルに置きました。

 あれは――。

 白、赤、青、緑、紫と、まだ数色ほど、混ぜかけの絵の具っぽくソフトクリームを四方に弾けさせたような、ビスケットケーキ……かな?

 わたしの美的感覚では、テーマに『とびちる憎悪』と名付けたい芸術作品です。

 お兄ちゃんは、片目をヒクつかせて。

「やると思ったが、何をどうブレンドしたらこうなったのだ?」

「私の想いと、愛情と、まごころを込めました」

「物質なくして、これほどの魔塊まかいを生み出すとは、えらく料理が得意なんだな」

「お父さんも似たようなことを言っていつも逃げます。一口でも食べてくれたら伝わるのに」

「ふむ……。では、いただくとしよう」

「いえ、ちょっとまってください。――はい、あ~ん」

「あ、あ~ん……ん……むぉ? んぅまいぞこれは」


 むしゃむしゃむしゃ。


 すると。

 お兄ちゃんが食べたビスケットケーキの残りを。


 ぱくっ。

 もぐもぐもぐ。

「うん、やっぱり美味しいわね」


「お、おい、それは俺がいま半分食べたやつだろう……」

「直木さん、お口にクリームが付いてますよ?」

 すかさず指でクリームを拭きとった梨乃ちゃん。

 いたずらに舌をペロッと出して、なめちゃいました!? きゃー!

「なっ、なにをっ!」

「これで今までのことは水に流してあげます」

 なめて終わりと思ったら。

 梨乃ちゃんってば、わ、わわわっ。

 クリームを、ディープに、キスで返しちゃいましたっ!!


 こ、これは、えらいこっちゃ~。

 わたしがブレーキをかけるべき場面だったかー。


 ややあ、落ち着こう。

 ディーネちゃんや、ティノちゃんがやってきたことを、合わせ技で返しただけよね。

 セーフセーフ。


「直木さん、昨日のつづきを話しましょうか」


 さて、ティノちゃんの再開発について。

 わたしも同席することになりました。

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