第33話 黒の剣士
広場に、けたたましい金属音が響いた。黒い鎧の剣士が放った一撃は凄まじく、ティアラの剣は悲鳴のような音と共に空高く舞い上がる。
「うそでしょー! ティアラさんが負けちゃう!?」
マイが目を疑う横で、ティノーが冷静に告げた。
「掛け金が1.5倍になりそうです」「ちょっ! なんで黒い剣士に賭けてるの!?」
その一連の流れを静かに見守っていた直木が、ティアラの肩にそっと手を置く。彼はその青い瞳をじっと見つめると、小さく頷き、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「(ここは俺に譲ってくれ)」
(お兄ちゃん、あれはヤルときの顔だ……)
直木は剣を構え、挑発的な笑みを浮かべながら黒い剣士に向き直る。
「さあ、デートを邪魔してくれたお礼をさせてもらおうか」
「ふふっ、よかろう」
広場は再び興奮の渦に包まれた。
出し惜しみなど一切ない戦いが幕を開けた。直木のトレーニング漬けの日々は単に筋肉を引き締めるだけでなく、独自の剣術を編み出すほど多岐にわたっていた。バイブルはライトノベルだ。
「オラオラオラァ、俺が知っているラノベの暗黒剣士どもは、もっとマシな踏み込みで剣を振るっていたぞ!?」
文章から読み解いた踏み込みのタイミング、そして古今東西のイマジナリー暗黒騎士との模擬戦を繰り返した過酷な日々、それらはついに実を結んだ。止めどなく打ち込まれる変則的な動きに黒い剣士は戸惑いを隠せずにいた。
「くっ、貴様、何者だ……」
「俺か? 俺は、妹のボディーガードだ。そして今は、ティアラの騎士でもある」
劣勢の黒い剣士が魔法を放ち始めた。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボォォォ――ルッ!!」
飛んでくる火球を直木は剣で切り払い、大剣も受け流す。ついでとばかりに足払いを入れるが、重厚な鎧の黒い剣士は足もとを崩さない。それも想定済みだ。直木の体術はしなやかに次の技へと移行する。背後から、その首を締め上げにかかった。
「うぉご、おのれぃ、ストレングス! ブースト、ごふっ! ま、魔法で筋力を増強させても、なお振り払えんとは!」
「ふん、素人か」直木は冷酷に言い放つ。「なぜ対人戦で、己だけが筋力を増強させていると?」
その言葉に、黒い剣士は完全に屈服し、糸が切れたように脱力した。
激闘は、直木の勝利で幕を閉じた。
「ねえ、ティノちゃん! お兄ちゃん凄い! 勝っちゃったよ!」
「はい。おかげで資産が20倍になりました」
「なんでお兄ちゃんに賭けてたの!?」
「当然です。お兄さまほどトレーニングに熱心な方はいませんから」
「でも、魔法はいつ覚えたのよ?」
「えっ、お兄さまは魔法など使っていませんが――」
ティノーの解答に、マイは戦いのラストシーンを思い返した。
「じゃあ、最後どうして自分も筋力増強してるぞーみたいな話に?」
「えっ、お兄さまはいつも筋力を鍛えられているではありませんか」
(あー……)
マイは、しばらくのあいだ開いた口が塞がらなかった。
兄の強さの源泉。それは魔法でもチートでもなく――ただひたすらに、不断の努力によって培われた、純粋培養の肉体(スマートマッチョ)だったのである。
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