第28話 ポイズンピル

『私が人間アバターを使って、一時的に、お兄さまを籠絡してきます』

 ティノーの言葉に、今度こそディーネと梨乃の表情が凍り付いた。

「却下ですわ」「許容できません」


 無理もない。マイは心の中で頷いた。

(アバターを手に入れた途端、お兄ちゃんの『あ~ん』をかっさらい、裸でベッドに忍び込んだんだから……そりゃ警戒もするよね)

 ぽっと出の金髪剣士より、このAI娘の方がよっぽど危険人物だ。


『誤解です。私は、たかだか六歳の姪っ子ですよ?』

「うんうん。見た目は十六歳で梨乃ちゃんそっくりの美少女だけどね」

 マイが火に油を注ぐと、ティノーの隣にいたカーランドが息をのんだ。


「おい、あれを見ろ!」

 カーランドが指差す立体映像の中では、状況がさらに悪化していた。直木とティアラが、巨大なグリーンドラゴンと対峙していたのだ。

「ティノーさま、危険ですわ!」

『ご安心を。お兄さまのサポート体制は万全です』


 その言葉を証明する間もなく、ぶしゃぁぁ! という生々しい音が響いた。

 ドラゴンの鋭い爪が、直木の腹部に深々と食い込んでいる。


「「「直木さまっ!!(直木さんっ!!)(お兄ちゃん!!)」」」

 三人の悲鳴が重なる。直木は大量の血を噴き出してその場に倒れ伏し、ティノーの『万全のサポート』は、コンマ一秒で崩壊した。


「ティノーさんっ! どんな手を使っても助けてくださいっ!」

 普段は控えめな梨乃が、強い意志の宿る目で叫ぶ。

『――承知しました。人間アバターの投入を実行します』


 ティノーが即断すると、立体映像の中に光の粒子が舞い、倒れた直木のすぐそばで、ティノーのアバターが出現した。今回もやっぱり、生まれたままの姿である。


「それでは、医療用ナノ粒子でお兄さまの蘇生を行います」

(ティノちゃん、アバターにならなくてもナノ粒子で治せたのでは……?)


 マイの疑惑をよそに、ティノーは倒れる直木に覆いかぶさると、その唇に、自らの唇を重ねた。


 バンッ! ディーネが怒りでテーブルを叩く。「な、何をされているんですのっ!?」

 梨乃はディーネの襟元を掴んでがくがく揺さぶった。「あわわわ、アウトです! ティノーさん、完全にアウトですよーっ!!」

 マイは指の隙間からその光景を眺め、「きゃー」と他人事のように歓声を上げた。


 三人娘がパニックに陥っている間にも、直木の腹部の傷はみるみる塞がっていく。ティノーの治癒能力は、驚異的だった。

(……まあ、お兄ちゃんは助かったみたいだけど)

 マイは、今まさに二人の婚約者から殺意のこもった視線を一身に浴びる、我が娘の身を案じた。

 この後ティノーが無事でいられるのかは、また別のお話であった。

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