第10話 決断

 天気予報が外れたとき、

 雨にぬれて帰る日があります。


 わたしが作った人工知能ティノちゃんも、はじめの頃はたびたび予想を外しました。

 そんなティノちゃんですが、ここ二年間の成績は、

 成婚率100パーセント。

 お客さま満足度は業界トップレベル。


 それがどうして……。


 お兄ちゃんの相手に選ばれた江上えのうえ梨乃りのちゃんは、小さな頃からお父さんと結婚したい、本気も本気のパパっ子だったのです。

 お兄ちゃん、どうするのっ!?

「つまり俺とは、世間をあざむくための協力婚がしたいと?」

「いえ、ちがいます」


 梨乃ちゃんは、どこか苦しみに耐えながら、

 静かにうつむき。


「お母さんは、男性の好みまで似なくてよかったのにねぇ、と笑っていました」


 ま、そうよね。


「お父さんは、法律を変えねばならん! と協力的でした」


 パパさん本気なのっ!?


 でも、そこでママさんがひらめいたらしく、

「妹式アプリで相手を探しましょうよ」となったのだそうです。


 アプリを使うにあたり、

『お父さんみたいな男性』

 と条件を加えることで、パパさんも折れたそうです。


「俺と、似ているのか?」

「瓜二つです」

 お、よかったじゃん。


「顔や身長だけだろう」

「いえ――それは」


 そっと汗を拭いたときのしぐさ。

 家族をいちばんに考える心。

 そして絶え間なく肉体を鍛えぬく情熱。


「どれをとっても、お父さんに引けを取りません」

「劣らずとも、勝らずだな」


「あとは、私の手料理さえ食べてもらえれば」

 ごそごそと、お弁当箱を取り出した梨乃ちゃん。

 ベンチの上でそれを開くと、

「私が食べさせてあげます」

「いや、少し待ってくれ……」

 えっ。

 お兄ちゃんは、伝説の「あ~ん」をすばやく拒みました。


「それを食べることはできない」

「どうして?」

「理由は、言えん……」

 お兄ちゃん、食べなよーっ!

 あっ! まさか。

 それって『彼女ができるまで、ご飯抜き』とか、わたしが言ったから?

 だったら、梨乃ちゃんの弁当はノーカンだから、

 今すぐ食べて!

 ほら、無線イヤホンで聞こえているでしょっ!?

「(だめだ、約束は約束だ)」

 小声でこっちと話している場合じゃないし。

 もし食べないんだったら、

 ティノちゃん経由して、こっちの事情を伝えちゃうよ?

「(やめろ。事情を伝えれば、そのやさしさから、いらん気遣いをされかねん)」

 いいじゃないのさっ!

 もう、付き合っちゃいなよ!

「(それは――、うぬぅ、やはりだめだっ! こんな素晴らしい美少女と、俺ごときが釣り合うわけが……)」


 そうこうするうちに、


 梨乃ちゃんは――。

 弁当箱を閉じました。


「では、こうしましょう」

 うっすらと涙を浮かべて、

 お兄ちゃんのスマートフォンをさらっと手に取り。


「ティノーさん、私の運命の人は、神場直木さんで間違いありませんね?」

『はい。間違いありません』


「直木さんの運命の人も、私で間違いありませんね?」

『はい。間違いありません』


「規約に書いてありましたが、運命の人と出会った私たちは、きっとお互いのことを、一生忘れられません」

『はい』


「もしここで結婚しなければ、生涯独身になるか、別の誰かと、しぶしぶ結婚することになります」

『はい』


「そしてアプリは、別の誰かを紹介することはありません」

『そのとおりです』


「なぜなら、一度出会ってしまった運命の人が、ほかの誰かと幸せにくらす姿を見てしまったら、たとえそれが最高の幸せでなくても、残された一方は、耐えがたいほど、つらくなるから――」

『……はい』


「でしたら、運命の相手である私から、その規約の例外にある、ただ一つのお願いです」

『――――』


「直木さんに、私ではない誰かを紹介してあげてください」


『両者との契約フェーズはすでに完了しています。そのご要望は、ただちに反映されますが、よろしいのですか?』


 そこでお兄ちゃんは、事態の深刻さに気がつきました。

 気がつきましたが――。

 反応は遅れました。


「はい。私よりも、素敵な女性を」

『承知しました』

「お、おい、中止だっ!」


 小柄でかわいらしい。

 料理好きで、気遣いまで行き届いた美少女。

 江上えのうえ梨乃りのちゃんは、


 金髪の人形と、大きなクマのぬいぐるみを抱えて。

 夏のイルミネーションに消えていきました。

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