第25話 いえない、言えない、癒えない
一旦メルトとミモザは寮に戻っていた。
何故フクリがこのような所で寝ているのか。
それを説明しようとした所で腰を抑えながら蹲ってしまった為に、まずは落ち着ける場所が必要だったからだ。
学校が始まっていれば保健室も開いているのだが、生憎今は開校五日前。
保険の当直もいなければ、消毒薬などの用具も揃っているかどうかわからない。
「……酷いよ。青痣になってる」
フクリの傷を確認したのはミモザだった。
流石に女子の肌。メルトは確認するわけにはいかなかったが、大体の位置とミモザの声からして急所に手傷を負っているようだ。
「念の為、様子は見ておいた方がいい。内臓にダメージがいっていたら只事じゃない」
頷くフクリに、ミモザが質問する。
「これが夜中にチンピラにやられたって傷?」
「うん……店を追い出された後、絡んできた人たちがいまして……。店内でも、そこでも、助けてくれた先程の雨男(エトセトラ)という人なんです」
「
「恐らく……。本名は隠しているようでしたし、声も顔も仮面で覆っていて」
「仮面?」
ぴく、と反応したのはメルトだった。
「はい。白い仮面で……多分上下逆さまに着けていたと思うんですが、まるで泣き顔のような仮面でした」
これだけの情報だけでは断定はできないだろうが、間違いない。
一年前まで正体を隠す為に自らが白日夢(オーロラスマイル)として付けていた仮面だ。
インベーダとの最後の戦いで、ヴィシュヌに勝利した後、もう必要はないと捨てた筈のものだ。
間違いない。
その
「……あの、そんな特徴の人が何かしたとかは……?」
「どういう事?」
深堀しようとするミモザと、フクリは目が合わなくなった。
「どうしたの?」
「いえ……」
「その
ミモザの追求から逸れるように、メルトが割って入る。
「一つは“人間更生施設”……まあこんな所で隠語表現なんかに従うつもりはないから奴隷売買施設の爆発と、有力貴族であるジェニファー=ハーデルリッヒの失踪だ」
「さっき火事が起きてたやつ?」
ミモザも丁度、メルトと同じ光景を思い出していたようだ。
メルトは頷くと、更に情報を提供する。
「前者については死者は出ていないようだが……その奴隷売買施設にいた構成員は全員、未だに重度の錯乱状態。話を聞く事さえ儘ならないって所らしい」
「えぇっ、それって……クスリやってたとかそういう事?」
「それが今のところの線だ」
最も、銀河魔術を知るメルトからすれば、その線ではない筈だ。
宇宙の大半を占める、正体不明の概念“暗黒”が連れてきた精神体。
その怨霊に晒された人間の症状に酷似している。
(やはり
その魔術の名前に行き着いたところで、メルトはフクリが同じように考え込んでいたことに気付いた。
「メルト先生……その奴隷売買施設から、奴隷は見つかりましたか?」
「分からない。その辺の事実には当局から規制が入ってんだろう」
残念ながら東ガラクシ帝国の方針としては、本音としてはインベーダの排除に協力的だ。
相手がアルファルドチルドレンであろうと、奴隷となって社会から消えてくれるなら御の字なのだろう。
故に犯罪集団であるはずの奴隷売買集団を、メディアに圧力をかけてまで必要悪としてのさばらせている訳だ。
「そう、ですか……」
まるで奴隷の境遇が、イコール自分である様に不安視しながらも、確かな自信があるようにメルトには見えた。
「多分その一件……
「絡んでるって……」
いまいち話についていけないミモザに、具体的にフクリが伝える。
「建物を爆破したのも、奴隷売買集団の心を破壊したのも……恐らくはその貴族を消したのも、
「でも、フクリを助けたその人が、どうしてそんな事を?」
そのミモザの質問に、フクリは言葉を詰まらせた。
何か言わないといけないが、言ってはいけない事を忌避するように。
必死に言葉の眼色をたどっているようなフクリの思考を止めたのは、メルトの助言だった。
「とりあえず、フクリの体が無茶していることは確かだ。暫くはここで休め。詳細の考察にも、体力を使うからな」
「そうだね。フクリ、私の部屋使いなよ。家から荷物取ってくるときに、フクリが着れそうなの持ってくるから」
「あっ……」
そうこうしている内に、なし崩し的二人とも準備を終えると再び外へ出てしまう。
「……」
メルトとミモザのいなくなった寮の玄関で、フクリは一つの安心と、一つの後ろめたさを感じていた。
安心したのは、気絶する直前、
故に、この街を出ていく必要は今の所は無くなったわけだ。
勿論今の所はであって、執行猶予みたいなものなのかもしれない。少なくとも奴隷集団がその気になれば、フクリがいくら正体を隠していてもインベーダである事がバレてしまう事は分かった。
後ろめたさとは、なのにも関わらずフクリはアルファルドチルドレンである事を親友にすら言えなかったことだ。
『アルファルドチルドレンが――笑える未来を作る為だ』
やっと手に入れたと思った人並みの生活が崩れる恐怖。
そして友達から異人族として恐怖される恐怖。
それがただ怖かった。
「ごめんなさい……ミモザちゃん……メルト先生」
伏し目がちにそう独り言を零すと、フクリは休むこともせず、逆に外に出るのだった。
“ミモザの入学が取り消されるかもしれない”。
そんな事態に、休んでいられない。
■ ■
再びミモザの荷物と、メルト健康推進のための献立を買いに街に出たメルトとミモザの間でこんな会話があった。
「フクリちゃん……何を隠しているんだろう」
やはりミモザとしても、何かフクリが誤魔化している事には感づいていたらしい。
直ぐ気づく当たり、流石に親友と呼ばれる間柄の事だけはある。
そしてあの場で無理矢理踏み込まない当たり、親友と呼ばれる間柄な事だけある。
「メルト先生。
「ミモザはどんな人だと思う?」
「うん。私は悪い人じゃないと思うよ。フクリを助けてくれたし、私も一度物凄いお礼が言いたい……それに黙認されている奴隷売買集団をやっつけたってのは、私はすごい胸がすくよ、だけど……」
素直に肯定できない何かがあるらしい。
「何かが、……引っかかってる。そのままヒーローと呼んでいいのか、私分からないんだ」
「……難しい問題だよな」
それでも、
メルトみたいな“目的の為の覚悟が完了している”人間であれば、実は
しかしミモザはその世界の住民でなければ、誰かを傷つける事になれている訳じゃない。
暴力でしか解決できない事も知っているが、第三者の目線で見ればどうしても頷けない所があるのだろう。
勿論メルトとしては、生徒のミモザを“自分と同じ領域”に連れていくつもりはない。
生徒には、自分の様に壊れてほしくないから。
折角守れた未来を、怪我してほしくないから――。
「一つだけ言えることがある」
メルトは、今言える事を言うだけだった。
「恐らく
「アルファルドチルドレンの……為?」
ちなみに、メルトは。
“この時点で、フクリがアルファルドチルドレンである事は分かっていた”。
「……本当、何の因果かな」
「どうしたの?」
「何でもない」
首を横に振って、メルトは坂道を下る。
今日はやたらと胸のペンダントが気になる日だ。
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