第26話 「私は元気です」「その言葉が出るのが、一番元気じゃないんだよ」

 ミモザの家こそは半壊していたものの、学校用具が殆ど無事だったのは不幸中の幸いだった。

 恐らくはプロキオンのような過激派の連中が報復とばかりに、魔術や武器で家を破壊したのだろう。

 

「よし、じゃあ次いこ!」

 

 メルトが銀河魔術の“猫の解ボックスオープン”で寮に必要な荷物を送ると、ミモザは何でもない事の様に次へと行きたがっていた。

 確かにミモザは折り紙付きの健康っ娘の、元気っ娘なのはメルトにも十二分に分かったが、それにしても。

 屋根は半分崩れ、壁は穴だらけ。

 家と呼ぶにはあまりにも一線を越えていて、いつ崩壊するかも分からない成れの果てを見た後の心情ではない。

 人によっては膝をついて落胆するような光景を目の当たりにしても尚、平常運転なのが逆に怖い。

 

「ミモザ、大丈夫か?」


「ん? 何が?」


 あっけらかんとした様子。

 ミモザはにひひ、と再び笑いながらメルトを指さして見せた。

 

「お腹すいたんだろうけど待っててね! 私がとびっきりの奴を作ったげるから!」


 今度は鼻歌を歌って、献立のメモを確認し始めた。

 おかしい。

 いくらなんでもこれは平常運転じゃない。

 逆に飛ばし過ぎている気がする。


 メルトは確信した。

 今、ミモザは自分ではブレーキが利かなくなっている。


「不味いな……」


 銀河魔術では、即ち宇宙の概念では精神は“暗黒”の概念から出たとされる。

 暗黒とは邪悪的な意味ではなく、正体不明だから一応暗黒という名前がついているに過ぎない。

 その精神は、まだ輪郭すら掴んでいないとしても、簡単に正から負へと転じるのは明白となっている。

 

 今のままだと、何かを切欠にして破裂するかもしれない。

 そんな不安がメルトの中にあった。

 

 しかし下手に突いても、さっきの様になんでも無い事の様に返されるだろう。

 少し中長期的に接して、クールダウンさせるしかない。

 

 

       ■           ■


「アンタに売る物は無いよ」


 中心街の途上でも、様々な目線があった。

 そのどれもが、良くお天道様の下を歩けたものだな、と少女に向けるにはあまりに厳しすぎる目線だった。

 

 しかし、その市場でミモザが手に取った野菜を跳ね除けられたと同時、突き付けられた言葉。

 まるでインベーダにでも向けていると言わんばかりの代物だった。

 

「……私まで西ガラクシ帝国のスパイだと疑われちまう」


「いや、私は何もしてないって!」


 女店主はまったくの聞く耳持たずだった。

 まるで毒手を持った疫病神でも相手にしているようだった。


「あんたが何もしてなくてもね、あんたの父親のせいで西が有利にこっちに攻めてきちまうかもしれない。そうなってもアンタ、そんな風に言える?」


「……」

 

 何も言葉が出ないミモザ。

 固まる表情は、前に出たメルトによって隠された。

 

「じゃあお聞きしますが、あんたが逆の立場だったらどう思いますかね」


「何よアンタ」


「父親がスパイ、それを知らない娘。そして父親は逃げ、あんたは取り残された。周りは敵だらけ。そんな時にかけてほしい言葉がそれですか? あんただったら周りに申し訳ないと思えるのか?」


 凍てつく目線を向けるメルト。

 言い淀む女店主だったが、直ぐに鼻で笑うのだった。

 

「ええ。私だったら間違いなくそう思えるわね。ほら、あんたも出ていきなよ」


 押し出そうとした女店主の手を掴み、抵抗するメルト。

 

「それは全くこの子立場に立ってない。プロキオンといい、あんたといい……大人がそうやって排他的でどうするんだ。全く指標になっていない」


「先生いいよ」


 その腕に、そっと手を添えるミモザ。

 

「ミモザ……」


 向けられた表情は。

 どこまでも突き抜けた、笑顔だった。

 

「別の所で買おう? 大丈夫、どこか分かってくれる人はいるよ」


 店から出ていくミモザを一人にするわけにもいかず、メルトはその女の腕を乱暴に離して、ミモザの隣に着くのだった。

 

「ミモザ、もう今日はいい。帰ろう」


「え? 大丈夫だよ」


 最初に会った時と変わらない、天真爛漫さ。

 こんな時もそれが見せられるなんて、異常に感じてしまう。

 

「だから言ったでしょ? 私は何にもしてないんだ。私は堂々と胸張ってればいいんだから……ぜっったい、メルト先生をぎゃふんと言わせるまでは諦めないんだから」


「……」


 何か逆に燃えている。

 心が折れたって誰も文句も言わない状況で、ミモザは臨戦態勢を解かない。

 そんなミモザの後姿が、何だか遠くなっていく気がする。

 

 ――それは、かつて最期の戦場に向かうツクシに感じたような哀しさ。

 この予感は、まずい。

 

「お嬢ちゃん、うちなら全然オーケーだから。買っていくかい?」


「あっ、どうもー!」


 心ある声が聞こえて、ミモザがその店に入っていく。

 一見気前の良い店主の顔。

 だがメルトにも一発で分かるくらいの――同情とか哀れみに満ちた目線だった。

 

「じゃあ、これとねー、これと、あ、これも!」


 ミモザもきっとそれは感じ取っている。

 感じ取って、知った上で無視している。

 心はあるけれど、決して普通じゃない空気の中で逃げるような買い物は、それでも意外とすぐに終わったのが幸いだった。

 

 

「ほーら。私は胸張ってればいいんだって。分かる人もちゃんといるんだって」


 寮に戻ってきても、ミモザは元気だった。


「あっ、ごめんね。そんなに荷物を持たせちゃって」


「生憎世界中の男子がこんなに優しいという訳ではないから、そこらへんは気を付けるんだよ」


「私は男だから女だからで差別するつもりはありませんー」


 唇を突き出して、変顔で返してくるミモザ。

 ……まあ、その辺の心配はないメルトだった。何せこの荷物だって、メルトが再三自分が持つと説得してようやく持たせてくれたものだ。

 メルトに買い物に着き合わせているように見せて、面倒な部分は自分でやってしまう。

 そんな体力が、気力が一体どこにあるというのか。

 

 そんな心配をよそに、ミモザは寮に戻っても元気に料理の準備を――

 

 

「先生、フクリがいない!!」


 ミモザの声に、メルトは訝しんだ。

 確かにどこの部屋を見ても、フクリの姿が見当たらない。

 

 まだ動ける状態じゃなかったのに。

 まさか帰ったというのか。否、黙って帰る性格とも思えない。

 

「フクリ! どこ!?」


 ミモザが家中の扉を開ける一方で、メルトは最初にフクリと会った時の事を思い出す。

 フクリは、最初ミモザを助けにこの学院に来たんじゃないのか。

 その際に、グローリーに“ミモザが入学できない”という事実を知って、それに必死に対抗していなかったか。

 

「まさか……」


 フクリはどこに行ったか。

 その答えに行き着いたメルトは、寮を出る。

 

「ちょっと待って先生! どこに行くの!?」


 外に出たメルトは、その答えを返した。

 

「グローリー先生の所だ」

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