第23話 真っ暗な宇宙~省かれ者の讃美歌「悪夢」~
深夜、アルファの郊外に居を構える建物では、奴隷の売買が行われる。
集合住宅を一つ貸切っての本部。
“商品”は商談の部屋にて、並んだ檻の中に閉じ込められている。
勿論万が一檻から脱出されない様に両手両足を鎖で封じ込められていた。
檻に閉じ込められたインベーダは、全て少年少女。
アルファルドチルドレン。
世界の全てを否定するような、年相応とはとても思えない空っぽな瞳。
まだ5、6年しか生きていないような歳幾端もない少年少女もいる。
最早この子供達に夢は無く、希望は握りつぶされた。彼らを捕獲した奴隷商人達が一日で調教したのだ。
抵抗する奴隷など、商品にならない。
「それにしてもアイスの野郎、遅えな……フクリってガキを捉えるのにどんだけ掛かってやがる。もう商談は始まんだぞ」
奴隷売買組織“パッケージ”を取り仕切るリーダーは苛立っていた。
得意先との商談はもう間もなくだ。先程フクリという美少女のインベーダを捉えに行ったきり帰ってこない。
これで収穫なしだったら殺してやる。
舌打ちの直後、客人の来訪の報を聞くと、途端に営業スマイルを取り繕いやってきた金ヅルを迎えた。
「ジェニファー様、お待ちしておりました……」
「うむ」
甲高い杖の音を鳴らしながら、部屋に招かれたのは毛皮のコートを身にまとった老年だった。
ジェニファー=ハーデルリッヒ。
東ガラクシ帝国侯爵のルジス=ハーデルリッヒの弟である。
本人も伯爵の地位を承っており、表裏関わらずあらゆる社会に顔の広い老人である。
権威の力を示すように、こんな裏社会の商談にも屈強な口の堅い護衛を連れてきている。
かつ、ジェニファー本人もハーデルリッヒ家に生まれたなりの魔力を誇っていると聞く。
「今日は……なんだか、活きのいい美少女がいると、アイス君から話を聞いていたのだがね」
檻を眺めて残念そうにするジェニファーを見て、リーダーは冷や汗を隠すように即座に拭き取り、答える。
「先程捕まえてきた活きのいい女子の事ですね……今アイスが調教しておりますので」
「そうか……、ま、メインディッシュは取っておくかの」
淡々と返事をするジェニファーに愛想笑いをしながらも、リーダーは確実に決めていた。
本当にフクリを連れ帰ってこなかったら、アイスを奴隷に差し出してやる、と。
「それに今は兎に角、数多くの奴隷が欲しい……。あそこにいる奴隷、全部買い受けよう」
ジェニファーは差し出された酒を煽りながら、とんでもない注文をしてきた。
奴隷商人にとってはこの上ない展開である。逃すわけにはいかない
「勿論、勿論でございます!」
「……最近友人から面白い話を聞いてな。インベーダの肉は、人間のそれと比べて相当上手いそうだ」
インベーダを喰らう。
流石にリーダーもその貴族ゆえの桁外れさに一瞬顔が引きつりかけたが、商人魂が買った。
しかしジェニファーも異常を演じているのではない。最早これが彼にとっては日常なのだ。
「君、クイズだ」
こんな深夜にもかかわらず、この老人は元気だった。
「インベーダの肉は、どれくらい焼くと美味しいと思う?」
吹っ掛けてきたのは、本物の“道楽”にしか分からない内容だった。
「えっと……」
「焼き過ぎるくらいが丁度いいそうだ。血はまずいから、飛ばさなければならん」
「……成程」
「しかしここで面白いのはな……人間の肉はそう大したことのない味なのに、インベーダの肉は美味だという事だ。味が違う。それはつまり、牛と豚も、味と種族で違う様に、人間とインベーダは根本的に違うという事だ」
自身が喰われるという恐怖までは克服できていないせいか、檻の中でアルファルドチルドレン達が震え始めた。
「お前ら……これから主人になる方に向かって……!」
「良い」
怯える姿も良い味の肴になると言わんばかりに、リーダーを制してワインを煽るジェニファー。
「いかに姿を似せようと、人間とインベーダは違う種族。そしてお前達は生存競争に負けた。即ち、弱肉強食。お前らの命は、儂ら人間に喰われるためにある。それが自然の摂理であり、この宇宙で変わらぬ真理だ」
『――それならお前は、どれだけ不味い味をしているんだろうな。ジェニファー』
突如乱入した、奇怪な声。
先程ジェニファーが入ってきた扉。
一人でに開く扉。
まず見えたのは、顔をひきつらせたアイスだった。
「アイス、なんだそいつは!」
「……すんません……リーダー」
リーダーが指さした先に、アイスの自由を奪っていた存在がいた。
白い笑顔の仮面を逆さまに着け、ローブで全身を覆った存在。
――“
「案内御苦労……さあ貴様も味わって囀れ。罪もなく喰われた者達の怨嗟を」
」
その切っ先を、動けず苦しむアイスに突き立てた。
「“
この時、周りの人間からすれば一体何が起きたのかわからなかったろう。
例え漆黒の刃に刺されたとしても、右腕にほんの切っ先だけ入れただけなのだから。
しかも、血すら出ていない。本当は何もされていないのではないか。
“それなのに、倒れて、ああも身震いをするなんて幾ら何でもオーバー過ぎやしないか”、と。
周りから見ている人には分からない。
「あ、ああ」
アイスが今。
“どんな地獄を見ているのか”。
「あ、ああ」
アイスの目の前には。
これまで捕まえてきた、アルファルドチルドレンの残影が佇んでいた。
否、彼らを先頭にして――いったい何人の屍が。
屍が。
屍。
屍、屍、屍屍屍屍屍屍、屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍!!!
『血が、血が、血が、死ぬ』『娘達を殺さないで、お願い、私たちが悪かったから!』『嫌だ』『手が、手が、手が』『殺されるの、私』『死にたく』『あがあぁっぁあ』『やめて、この子だけは』『ママ、ママああ、マママああああああ。ママママママママママママママママママ』『怖いよ』『人、許さないからなぁ』『どうして』『人間達め』『ひいぃぃぃ『か、母さん』『人が』『私達が何をしたって言うんですか』『やめて』『に人権は』『話せばわか』『びびび』『お願い』『いぎゃあああああああがががががががががががががががががががががががががががが』『何もなしてないのに』『クソッ』『お腹空いた』『ひぎっ』『逃げ』『すき』『恨んでやる』『食べないで』『入ってくる』『ごぶばばばぁ』『うごぎょ』『唄を』『アネッサ』『まだ死にたくない』『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいた』『私、これで終わり』『来んな』『べぎょ』『助けて』『生きたい』『服だけは着せて』『寒い』『お父さん、お母さん、どうしてこんな星に俺達を産んだんだあああああああああああああ』『人、人、人ォオォォォ』『俺、死ぬ』『なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで死なんで』『私、犯されてる』『あーおご』『人間め』『ねむい』『インベーダだからって殺されなきゃならないのよおおおおおお』『あー死、あー死』『足、僕の足』『あっ』『僕の絵』『私は鑑賞物じゃない』『どうして私がオカズにならなきゃ』『逃げて、早く』『お腹すいた』『もがないで』『死んでたまるか』『『絵、まだ完成させてないん』『あああああああああああああああああああああああああああああああああああ』『殺さないで』『やめて、それだけはやめて『刺さって、ああ』『ひぇっ』『気持ち悪いよ、入ってくるよぉ』『殺して、もう殺して』『ここまでか』『ぎゃあああがががあがががあああああがががががあがあしゅぎぎごがあおいぢぢぢぢぢあご、ごぼっ』『復讐してやる』『言っておけば良かった』『ひひぃいいいいいいいん』『やめてやめてそんな所からいれないで』『姉さあああああん』『いぎぎぎぎぎ』『ねじれ』『息が』『俺達は獣と同じかよ』『えっ』『ああ』『ひぎっ』『ぐ、ぐ、ぐ』『来ないで』『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あん、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ』『お腹の中の子どもが』『母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん母ちゃん』
全ての屍が、“見えてはいけないモノ”の葬列となって。
黒く、黒く、黒く、どす黒くなって。
一切の星の無い、新月しか夜空に浮かばぬ孤独な宇宙になって。
奪われた未来の分だけ、怨嗟の抒情詩が口ずさまれて。
四方八方から断末魔が、同時に襲い掛かって。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
一しきり叫んだ時には。
アイスの緑色の髪は、すっかり白くなっていた。
一瞬で青年が、老人へと変貌していた。
「あああああああ!! ああああああああああああ!!」
声も姿も枯れても尚叫び続けるアイスに流石に異常事態を感じ取ったのか、その場にいた全員が騒めいた。
見えているのはアイスだけ。
そんな事にアイス自身、気づかないままに突如訪れた怨霊たちに精神を喰いつくされていく。
「もうアイスは戻ってこない。一生“
「貴様……一体何をした!」
「これが宇宙の根源である“暗黒”の力……」
「暗黒だと……」
「暗黒は、“こうして怨念を呼び覚ます”……心だとか、魂だとか、そんな概念の根源だからな。それを欄魔の切っ先を通して流した」
それが、
このワンルームは、魔の三角地帯と化した。
訝しみ、騒めく集団。
聞いたことがある。
インベーダが扱う魔術の正体。
「ほう、インベーダか。これは滑稽な。自ら奴隷になりに来るとはな……」
一人だけ平常運転で髭を摩るジェニファー。
「確か“暗黒”と呼ばれる属性はインベーダの中でも扱いきれなんだ属性と聞く。どうやらそれなりに実力者という事……どうじゃ。我が買ってやろう。奴隷ではなく、戦力として」
隣の奴隷集団のリーダーが青ざめているが、それが正しい。
この状況で“取引”が出来るジェニファーは、やはり逸脱している。
しかしそれを言うならば――この場で最も逸脱しているのは、
「俺は、人間だ」
「人間じゃと……?」
ぴく、とジェニファーが口に運ぼうとしていた酒が止まる。
「ハーデルリッヒ一族の者よ。お前には分からんだろうな。“あれだけの数のアルファルドチルドレンを抹殺した血が流れている事はある”」
「貴様……“一年前の真実を知っておるのか”」
遂にジェニファーの顔も曇り始めた所で、
奴隷集団に。
ジェニファーに。
そして――今まさに売られようとしている、アルファルドチルドレンに。
「奴隷集団“パッケージ”……そして」
首だけ、ぐわん、と向く。
屈強な護衛達に囲われたまま、訝し気な表情を見せるジェニファーに。
「ハーデルリッヒの血は、やはり汚れている……貴様だけは生き地獄では生ぬるい。本当の地獄へ送る」
そうジェニファーに言い捨てると、
パッケージのメンバーと、ジェニファーの護衛が一斉に魔術を放つ。
こんな建物なんて簡単に吹き飛んでしまいそうな魔力の濁流が、目前まで迫る。
しかし、
「宇宙の穢れは、排除する」
八通りの攻撃魔術は、どれも裏社会でやっていくには十二分過ぎる威力で、そのまま建物の半分を炸裂させた。
石造りの建物が半分吹き飛んでいる。直撃していないアイスも、生きているかどうかわからないくらいに吹き飛んでしまった。
炎の魔術が多かったせいか、巨大な風穴の輪郭には焔が宿っており、後味も尚その凄まじさを物語る。
やった。
そうやって歓喜を上げる者は誰もいなかった。
――悲鳴をあげる者と、“
『まだ12歳なのに』『助けてよ』『死にたくない』『いぎ、ぎ、ぎ』『呼吸できない』『殺される』『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』『アイナ』『お姉ちゃん』『お尻から、な、なに、か、入って』『気持ち悪い』『どうして』『人間死ね死ね死ね死ね死ね死ね』『インベーダめ』『か、母さん』『人が』『生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい』
「い、あ、あおおおああああああがあががががああああああああ!?」
“いつの間にか全員の後ろに立っていた”
人目もはばからず眼に怨霊しか投影されなくなった男達は皆、恐怖に顔を彩られたまま髪を白くして精神を崩していく。
「てめぇ!」
男の一人が、反射的に両手に拳銃を取り出す。
弾を込めている時間はない。
だがこの距離なら、魔術でガードをする隙は無い!
取った。男はそう思って、トリガーを引いた。
弾道は狙い通り。音速をゆうに超える次元違いの速度で
だが、空いていた左手を不可視の速度で動かした
「……えっ」
理解したのは、欄魔の切っ先が突き刺さり、“
ぱっ、と投げ捨てられる二つの筒。
左手に微かにあった、血の跡。
「う、うそ、だあああああああああああああああああああああああ!? ひああああああああああああああああああああああああああ!?」
こうしてジェニファーとリーダー以外は、全員怨念達の世界へ行ってしまった。
リーダーはそんな部下達の末路を見ながら、全く敵わない
尻餅を着きながら、遂にこんな言葉を口走る。
「たしゅけて……たしゅけて……」
「……恐らくその言葉、今檻に入っているインベーダ達からも聞いただろうが、お前は止めたか?」
命乞い。
それを払ったのは、自分だった。
自覚した時には、胸に欄魔が突き刺さっていた。
『暗い』『潰れ』『空から落ちて』『おごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』『あっ』『インベーダ、インベーダインベーダ』『ぱぱ』『いぐ、いぐ』『寒いよ、寒いよ寒いよ、寒いよ寒いよ、寒いよ寒いよ、寒いよ、寒い、さむ、さむ、むい、い、さ』『こうやって死ぬのか』『がはっ』『どうして私だけが』『せ』『死』『俺は何のために生まれたんだ』『人間が』『どうして、お前達はそんな偉いのかよ』『きゃああ』『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』『や、食べ、な、で、あ、見ないで、そこ、見ないで、私、好きな人、いる、あの人に、あの人、私、誰か、愛して、人間、私、食べ』
慟哭。
悲鳴。
真っ白になって倒れたリーダーにもう向き合うことは無く、最後の一人であるジェニファーの下に向かった。
ジェニファーは立ちはだかる恐怖と絶望の化身に、やはり普段と変わらぬ様子で言うのだった。
「いくらだ?」
「……」
「貴様を買ってやる。飼って、駆ってやる。ほれ、幾らじゃ。言うてみ」
一瞬の静寂。
寂寞の空間を、魔術で塗り替えた声が低く迸る。
「……貴様はそんな歳になるまで生きて、全てが金と権力で解決すると思って生きてきたのか」
「それがハーデルリッヒじゃ。思いのままにならぬ事など無い……貴様一人に理想の生活をさせるくらいの手持ちなら、この分家の老いぼれにもあるぞ? 何せわしらは、それだけこの星に貢献してきた立役者じゃからな」
「……やはりアンタも、芯の底から腐っているようだな」
すると、
そして、迷わず。
一気に突き刺した。
「……!?」
流石に唖然とするジェニファー。
自傷。自殺。切腹。
自身の生命を、自身で決着する理屈は流石のハーデルリッヒ一族であろうと持っていなかったからだ。
「うぐ、あ……」
そして、一方の
柄を握る手を左から右に押し、切り開く。
――しかし、血の代わりにあふれ出てきたのは、漆黒の何かだった。
黒という概念を溶かしたような液体。
きらきら光る星も、願う流れ星も一切ない、宇宙の濁流がそこにはあった。
「“仇だ”」
そう口にした時には、一人でに登ってきた漆黒に全身をすっぽり覆われていた。
遂にそれは、五体満足な戦士の形を象っていく。
否。
重力がおかしくなった宇宙の様に、当たりの空気すらも吸い込んでいく。
同時に、どこからともなく聞こえる“悲鳴”が
やがて。
泣き顔の線に、赤い線が流れ――
「“
ボンッ! と。
圧縮された空気が、破裂した。
突如押し寄せた大気の津波にジェニファーが壁まで吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?」
ジェニファーが再び見上げた時、ローブに身を包まれた白い仮面の存在、
代わりに――全てが漆黒で構成された鎧が、目の前にあった。
中で纏っている人間が筋骨隆々なのか、それとも鎧そのものが筋骨隆々なのか、あるいは人間が鎧に変質したというのか。
ジェニファーには分からない。見えない。
視力はそう衰えていない筈なのに、まるで星にとって有害かとでも言わんばかりに、その輪郭はぼやけている。
「……何をした」
「
人間か? インベーダか?
違う。
“キッズ”。
目の前の存在は、インベーダよりも、魔物よりも――間違いなく異質なものだった。
全身と同じく、甲殻に包まれた右腕。
それが突如、狼の影となる。
「“
暗黒は、今度は怨霊たちの憂さを晴らしはしない。
ストレートに、肉体をその顎で喰らう。
「あれ? 儂、喰われとる」
むしゃ、むしゃと、汚い音がした。
気付いたのは、左腕が
「まて、喰うのは儂じゃ。儂は、ハーデルリッヒの――」
左腕があった所から血を吹き出して、ようやくジェニファーは自分の立場に気付いたらしい。
しかし、もう止まらない。
もう遅い。
顎は、喰らい続ける。
暗い老人を、位に縋り続けた老いぼれを、喰らい続ける。
「不味い。不味い。不味い。不味い……なんという酷い味だ。未来だけ喰ってきたゴミは違うな」
むしゃ、むしゃ。
むしゃ、むしゃ。
むしゃ、むしゃ。
むしゃ、むしゃ。
喉を通った時には、既に汚い中身を巻き散らかしていたジェニファーは消滅していた。
暗黒がバクテリアの様に、粒子レベルまで分解してしまうらしい。
「……もう、大丈夫だ」
キッズから元の人間――とはいっても、白い仮面と黒いローブに身を纏っているから怪しさ満点だが、人間に戻った
先程、パッケージの人間には全員“
もう、彼らは元の世界に戻ることはできない。
一生を“暗黒”が作り出した怨念達に詫びながら、生き続けていく。
だから、もうパッケージというアルファルドチルドレンを奴隷に変える奴らは存在しない。
しかしこれも氷山の一角。これからもこの子達はそれに怯えながら生きていかなければならない。
だから、もうフクリをアルファルドチルドレンと知っている人間は存在しない。
しかしこれも一握の砂。フクリの戦いは今日からも続く。
「俺のことは怖がっていい……」
そして、アルファルドチルドレンの恐怖の対象は
仕方のない事だ。今しがた、暗黒の化物になって人間を喰らい、数多の人間をこうして床に転がしている存在を誰が怖がらないだろうか。
「だが、この星の事は嫌いにならないでくれ」
「……!」
怯える少年の頬に、手を置く。
少年はそれで少しは安堵できたのか、震えが多少は止まった。
「君達を安全な場所に連れていく。信頼のおける場所だ……」
「あなたは……どこへ」
アルファルドチルドレンの質問に、
「俺は、ベータ魔術学院という所に行く」
「生徒なの……?」
「ああ」
「あそこにも殺さなきゃいけない奴がいるんだ」
そして。
子供達を、比喩でも皮肉でも何でもなく安全な場所に連れて、そしてアルファに戻ってきた時には太陽が昇っていた。
ベータ魔術学院。
向かうのはそこだ。
「次は……グローリーだ」
“一年前のあの日”から、
白い仮面と、黒い刀を引き継いだ後も、
夢はいつも悪夢。あの日がリフレインをするだけ。
ならばせめて。
一人でも多くのアルファルドチルドレンを救う。
邪魔をするものは、全てを怨嗟の悪夢に突き落とす。
だが。
“一年前のあの日”を生み出した、あの一族だけは。
「ハーデルリッヒ一族は、すべて排除する」
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