第22話 きらきら星変奏曲~省かれ銀河の祈り唄~
アルファの郊外。
街の灯りからも離れたこの場所には、街に住居を構える事が経済的、もしくは何らかの理由で出来ない難民キャンプが存在する。
彼らは持ち合わせの布やら素材やらで、とても建物とは呼べない雨よけの為のテントを作って、その中で飢えを凌いでいる。
既に深夜の為、自分で灯りを持たなければ歩く足元さえ何も見えない。
また、ここでもインベーダとの戦いがあったようで、とても足場は安定しているとは言えない。
ここの住民として慣れているフクリや、どうやら体術の心得があるらしい
テントの杭だってあるし、外で寝ている人間もいる。少なくとも二人が歩いているところは静かで、耳で気配を悟ることもできない。
「……向こうで火の手が上がっているぞ」
「……恐らく、誰が亡くなったのでしょう。火葬されているのです」
「火葬?」
「ここでは毎日一人以上のペースで飢えや凍え、病で亡くなっています。死体から伝染病が起きないよう、近くの住民がその住居ごと燃やすのです」
ここでは、それが暗黙の了解です、と。
既にフクリには慣れ親しんだ日常であるかのように話すが、明らかにその声は冷淡なものではない。
仕方ない。と割り切りながらも、悲哀をまだ澱ませている。
「国は何もしてくれないのか」
「そんな事を思っては、生きていけはしません。国中が復興、そして西との戦争が最優先。こんな枝葉にまで割く余力はないんですから……」
「……そうか」
「こういう所に来るのは初めてですか」
「いや。以前経験がある。そこは難民キャンプじゃなかったが、ここと似たような集落だった」
今度は、フクリから
「
「前者の質問には答える事は出来ない。だが後者の質問に対しては、あのアイスが所属している奴隷売買組織を滅ぼすために着けていた」
「だとしたら、
「アイス達は暫く目が覚めない。この程度の時間は問題ない」
「そうなると、
「……それも答える事は出来ない」
だとしたら、
フクリは単純に興味を抱いていた。
しかし正直なところ、俺という一人称を使っているがこれもフェイクかもしれない。合成音声による声の変換によって、彼が男女どちらかすらも判明していないのだ。顔は白い仮面とフードによって覆われており、ローブによって普段手足も見えない為に、今見える体格が本当に正しいものなのかどうかも分からない。
「警戒するか?」
「いえ。二度も助けてもらった相手にそんな事をする訳にはいきません」
「俺はそんな恩義に付け込む悪人かもしれないぞ」
「だとしても、恩を返さないのは私の主義に反します」
とはいえ、結局ミモザやメルトに恩を返せないままこの場所を去ることになる。
未練は酷く残っているのだ。
「ここです」
フクリが連れてきたのは、その郊外からも離れた森の中だった。
目印も何もあったものではない深夜の森。下手に入れば当然そのまま彷徨って、二度と人里に帰れないのは明白だった。
しかしフクリは手に持つ灯りのみを頼りに、その舞台に辿り着いていた。
「これはまた……綺麗な舞台だな」
この池だけは、差し込む月の光と、季節外れの蛍の光で仄かに映し出されていた。
僅かに楕円な十六夜の月は、波紋も立たぬ水面に映り、浅い水底を優しく照らす。
月の届かぬ陰を、淡い蛍の若草色が補助して幻想的に彩る。
「私だけが知っている、特別スポットです……魔物もいないですし、一方で現地の人も近寄らない迷いの森なので、人も来ません。体を洗う時とかここを良く使ってます」
フクリは靴を脱ぐと、そのまま水面へと歩いていく。
沈むかと思われたその小さな体は、しかし沈まない。
タイツに囲われた足裏が水面を伝っていく。
静寂の森に、何一つ音を立てる事もなく。
演目の様に、フクリを中心した丁寧な波紋を広げながら。
「水の魔術が得意か」
「いえ。器用貧乏なもので、生活に役立つ魔術くらいは使えるように、って思って……踊り子の演目にもありますから。水面の上で踊るというのは」
人間だけでなく、星上の有機物ならば植物も水も持ち合わせている魔力。
フクリがやっている事は、池が持つ水の魔力と自身の魔力を同調させ、水を支配下に置いた事。
一旦十分な支配下に置ければ、水面の上に立つ事は造作もない。
これを攻撃に応用させようとするならば、それこそ魔術学院を卒業するくらいの実力が必要だが――。
池の中心で、フクリは止まった。
いつ振り返ったのか分からない。それくらいに自然な回転で、
「私の姿が、見えますか? 暗くて見えない等はないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「今日、途中で中止されてしまった“きらきら星変奏曲”を踊ります……衣装もなく、音楽もない状態で心苦しいですが……」
「満足だ」
短い、男女どちらともつかない声。
それを聞いて、フクリも覚悟を決めて頷く。
「では……“きらきら星変奏曲”。行きます」
今この時だけは、恩に報いる為。
衣装も無く、音楽も無くとも、ここに来てよかったと思ってほしい。
あなたは誰?
どうして私を助けたのですか?
と聞くように、踊りは始まった。
14分弱。
長いようで、気づけば終わる。そんな踊りである。
「……」
最初から天に伸ばしていた掌。
店内での舞と同じく、この右腕がゆったりと動く所から始まる。
その手の先には、十六夜の輝き。
腕のしなり具合が背中を中心とした体全体へと伝播する。
瞑った瞼が真上から真横に向かっていくにつれて。
しかし星空を神と仰ぐような両手は、僅かに遅れて頭の後を追うにつれて。
弱い円が、水面上でフクリから広がる。
池の水を、舞台装置として利用する。
人口的にリズムを取りながら、しかし自然しか思わせる事のない矛盾した演出。
だが――ピークに至るまでの静を担当する第一楽章。
ただ歩くだけのセクションもあった。
しかし一歩一歩漣を立てながら、蛍が仄かに照らしたフクリはその挙動だけで、きらきら星変奏曲を演出していた。
波紋の中心が、一人の客にフラッシュバックさせたのは遠い遠い星。
やがて作り出した星がつながって、星座になる。
フクリ自身の残響がその線となって、朧気に一つの形を成す。
「……」
第二楽章に入り、テンポが速くなり、踊りもピークに向かって動き始める。
フクリの体が一瞬天地逆となり、黒に囲われた華奢な脚がしかし真っ直ぐに星空に向く。
その際、拾った水を立ち上がった後にばら撒く――背景となる碧を高め合う蒼の色を魔力で込めて。
蒼が沈んだ箇所もまた、星座を匂わせる。
それを何度も、銀河を作っていく巫女の様に繰り返す。
一方で表情は、水遊びを初めて覚えた子供の様に、無邪気に笑っていた。
色を作っていくその姿は、制服ではなく白の布切れを纏った天使を刷り込ませる。
それを繰り返す事7回。
突如。
逆立ちしていたフクリが、これまた音も波紋も無く池の中へ消えていく。
「あ」
思わず驚く声が聞こえた。
しかし心配はしなくていい。
直ぐに、球体の水に包まれたフクリが、水面から噴き出た水流に押されて出てくるから。
母体にいるように膝を抱え込んで丸くなっていたフクリが、目を開く。
『――Twinkle, twinkle, little star』
そんな風に、フクリの唇が動いた瞬間。
彼女を纏っていた水が四方八方に弾ける。
きらきらしていた。
きらきら星だった。
弾けた水が、池に落ちてくる時の軌道。
月光に反射した僅かな瞬間が、その線を流星の軌跡へと変える。
流れ星の奇跡へと、生まれ変わる。
それを背景に、命一杯に、命の限り舞うフクリ。
跳んで、飛んで、その度に脚を曲げたり、祈るように俯いたり、鳥の様に手を広げたり――どの動きにも迷いはなく。
先程星を思わせた箇所をなぞるようにステップする。
踏んだ箇所から細い水柱が噴き出る。
仄かに鮮やかな虹色に染まったその水柱は、最後には白い光を纏って池へと沈んでいく。
しかし、純白の光は消えることなく、輝星のようにその場に残る。
その光が、合唱団の様に妖精のように舞う少女を強調させる。
照らされた表情は、母を思わせる優しい表情。
降り立つ仕草は、まごうことなく小さな羽が天使だった。
どこから落ちてきたの?
雲の上から?
そう、雲の上――宇宙の彼方。
自分勝手な揺り籠にのって、天使はやってきた。
そしてこの青い星に堕とされた、天使。
人類からの逸れ物として生きるのではなく、一つの命として、幾多もの笑顔を産んで生きていたかった。
もしかしたら、宇宙のどこかには並行世界への入り口があって、その世界ではフクリは人間として生まれたのかもしれない。
そして、人間としての苦難と試練を乗り越えて、もしかしたら学院に通えていたのかもしれない。
そんな哀しい夢を、代弁していたのかもしれない。
きらきら。
きらきら。
森の中にぽつんとある池の上、少女は踊り切った。
最後に星を仰ぐ少女に戻って――13分55秒。
「……ありがとう……ございま……」
踊りが終わった直後、今度は演出でもなんでもなく、フクリが倒れそうになる。
腰のダメージが今になって、足に来たのだ。
しかし、フクリの体が池に沈むことは無く――その寸前でまた助けられる。
「凄い踊りだった……腰のダメージを庇いながら、あんな……」
「あの……宙を浮いているのも、銀河魔術ですか?」
フクリを抱えた
水面に浮いているわけではない。しっかり宙に浮いているのだから。
「あまり驚きはないようだな」
「インベーダと同じ魔術を使えるなら、って予想してました……また助けられてしまいました」
「さっきの踊りの代価としてはこれでも釣り合わない」
しかしそこで、フクリがある事に気付く。
その視線は、ローブに囲われた首元の――僅かな隙間に見えた、白いワイシャツ。
「……これ、ベータ魔術学院の制服のワイシャツですよね?」
「……」
「あなたも……ベータ魔術学院の生徒ですか?」
沈黙を肯定と受け取ったフクリは安堵したかのような顔をすると、一つのお願いを口にする。
「ミモザという生徒がいます。もしよかったら、仲良くして下さい。あの子……こんな私にも優しくしてくれて、一年間ずっと楽しかった……そういう子なんです」
「それは、あんたの役割だ」
しかし、
「何故なら、あんたはこの街から出ていく必要はないからだ。あんたの本当の願いである、魔術学院への入学を果たせばいい」
「そうはいきません……インベーダと分かった以上、この街に留まることはできません」
「なら、要はあんたがインベーダだと言い振らされなければいい……あの奴隷売買組織を滅ぼせばいい」
もし本当にそれを為そうとしているなら、組織を滅ぼすという言葉の度合いが違い過ぎる。
一個人を口封じして、殺そうとする気か。
そこまでは――他人の人生を犠牲にして、その上に成り立つつもりはない、と
「ちょっと待っ――」
「――さっき、俺が一体何者かと聞いたな。俺が動く目的だけ話そう」
――怪刀“欄魔”。
あらゆる星を呑み込むような、何もない宇宙を思わせる絶対純黒の刃。
「アルファルドチルドレンが――笑える未来を作る為だ」
刃を地面に突き刺す。
欄魔を中心にして、漆黒の波が広がっていく。
先程アイス達を眠らせた物と同じ、“暗黒”の魔術。連想した時には既に遅く、フクリの体が漆黒に包まれていく。
「大丈夫だ。明日になれば、変わらない日常が待っている。あんたが学院に通える日常がな」
「エトセ……ト……」
最後まで言い切る事は出来ず、全身を覆った暗黒が意識も呑み込んだ。
ふら、と倒れるフクリを再び持ち抱えると、そのまま
「そうだ。俺があんた達アルファルドチルドレンの未来を守る」
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