第21話 ただ、人間みたいに生きて見たかったから

 インベーダが戦争に敗れ撤退した際、地球まで乗ってきた“宇宙船”に逃げ遅れて二度と宇宙に戻る事が叶わなくなった者。

 もしくはこの15年間の間に地球で生まれたインベーダで、宇宙船に乗る事さえ出来ずに地球に取り残された子供達。


 特にその後者を人は“アルファルドチルドレン”と蔑称している。

 子供に罪はないと庇おうとする動きもあるが、それよりも彼らを差別する動きの方が当然根強い。

 アルファルドチルドレンというだけで、人権という物を一切剥奪されるのに近いくらいには。

 

 実際、アルファルドチルドレンが反旗を翻そうという疑いがあった地域にて、インベーダ“らしき”ものは全て抹殺された。

 そこに住んでいた集落の人間が全員殺されたという事件も2つある。

 しかも、権力者の指示により動かされた軍によって、無抵抗のアルファルドチルドレンも含めて――虐殺された形になる。

 

 

 その2つの事件についてはまた別のお話として、フクリのように14歳になるまで外で生きているアルファルドチルドレンも多くない。

 大多数は殺されているか、奴隷に身を窶しているか。

 今日まで逃げ延びる事が出来たフクリは流石と言わざるを得ないだろうが、その命運もここに尽きる。

 

 これがインベーダの宿命。

 これがアルファルドチルドレンの宿命。

 

「……随分と悔しそうな顔をするじゃないの、フクリちゃんよ」


 唇を噛み締め、右手元にある雑草を握りしめる事しかできない。

 それが悔しそうじゃなくて何なのか。

 これから人生が全て檻の中で、好きでもない

 

「けどな、これがインベーダの罪って奴だ。恨むならお前の母親と父親を恨むんだな」

 

 顔も知らない母親と父親をどう恨めというのか。

 勝手に自分を産んで、勝手に戦いに出て、死んだのか生きているのか、宇宙船で自分を残して逃げたかも分からない連中をどう恨んだら今の状態が解消されるというのか。

 涙を流しながら、誰も答えてくれない自問自答を繰り返すだけだった。

 

「大体これ制服だろ!? インベーダが人間の学校に通う気だったのかよ、笑える」


 男の言葉に、遂に反論するフクリ。


「……何が、悪いんですか……」


「あぁ?」


「私も……人間みたいに生きたいと……願っ……」


 ささやかな祈りすらも、言わせてもらえなかった。

 アイスの靴の先端が、フクリの脇腹に刺さっていた。

 

「あ、あ……」

 

 呼吸するので精一杯。

 語る事さえ出来なくなり、苦悶の表情を浮かべるフクリにアイスは吐き捨てた。

 

「てめぇらインベーダが襲撃してきたせいでな、俺達は家族を失った! 生活も失った! そのインベーダを人間扱いしろだと!? 勝手に乗り込んできて図々しい事言ってんじゃねえぞ!? 自分はしていないから許されるとでも思ったか!? そんな脳みそで学校教育受けるとか舐めてんのか!!」


 二度、三度。

 何度も外から見えない様に腹を踏まれ蹴られ、遂に沈黙する。

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い。

 胃の内容物を内蔵ごと吐き出してしまうんじゃないかという苦しみで、眼鏡を通してみる世界はどんどん汚くなっていく。

 

「……」


 人間が、羨ましかった。

 ただ人間に生まれただけで、当たり前の様にそのままでいられる権利があるのが羨ましかった。

 

 でも自分は人間じゃないから。

 でも自分はインベーダだから。

 物心ついた時から、こうやって布切れの様にボロボロにされていく中で、少女は奇跡を求める事をやめた。

 

 この星に、インベーダの居場所はない。

 自分は、この星が産んだ間違い。

 異常な細胞を破壊する体の仕組みの様に、間違いである自分も淘汰される宿命にあった。

 それだけの話だ。

 分かり切っていた事だ。

 思い知っていた事だ。

 いつかはこうなると覚悟していた事だ。

 

 それでも。

 それでも。

 せめて少しだけでいいから。

 学校生活とか。

 青春とか。

 人らしい生活とか。

 生まれてきたからには、味わいたかっただけで。

 

 ちょっと、欲しかっただけで。

 普通の権利ってものを。

 

(でも――間違いだった。前々から予兆はあった。それを感じた時点で、この街から逃げるべきだった……)


 眩しくて、目が眩んだのかもしれない。

 初めてできた親友と。

 初めてできそうだった居場所に。

 

 眩む。

 腰をやられて、呼吸が出来なくなって、意識が遠のいたのだろうか。

 なんだか目のピントが合わない。

 まるで空から、人が降ってきたかのように。

 

 焼きが回った。

 もうインベーダは去ったのだ。空を見上げても何も降ってくるはずもない。

 本当に天使がいる訳でもあるまいし――。

 

 

「――宇宙の穢れは、排除する」



 降ってきた。

 雨の様に、人が降ってきた。

 雨男エトセトラが、降ってきた。

 

「おま――」


 振動と共に着地したそれ以上の言葉を、男は吐けなかった。

 人体が吹き飛ぶほどの、強烈な蹴り。

 壁に叩きつけられ、そのまま起き上がることは無かった。

 

「貴様は……さっきの!?」


 白い仮面で創られた、簡素な泣き顔。

 その穴からアイスを睨む雨男エトセトラ


「……貴様らは後だ」


 そう言うと、雨男エトセトラは自身の腰に手を当てる。

 

 そして。

 “まるで体の中に鞘があるかのように”。

 その武器を引き抜く。

 

「怪刀“欄魔”」

 

 “刀”と呼ばれる細身な剣がある。

 インベーダが攻めてきた際に、彼らが近接武器として使っていたものだ。

 切れ味に特化した武器であり、多くの人間がこの刀に両断されてその生を終えていた。

 

 勿論、人類としてもカタナを研究し、現在武器市場に人類用の刀は出回っている。

 故に、刀自体はおかしい所は何もない。

 怪刀“欄魔”の異様な点は、宇宙よりも一切の漆黒で出来ていた事だ。

 

 全てが黒。

 光を受け付けない物質は、まるで世界が欠けているかのように人の眼には認識されるという。

 だがそれが刀に応用されているなんて話は、ここにいる誰もが聞いたことがない。

 

 “そもそも、雨男エトセトラの体から抜かれたような違和感は何だったんだろう”。

 

「眠ってもらう」

 

 逆手に握られた“欄魔”は形を失い、地面に溶ける。

 狭い路地裏。小さな空間が呑み込まれるまで、そう時間はかからなかった。

 

「う、ぐ、うわあああああああああああああああああ!?」


 漆黒の浸食に、アイス達が呑み込まれる。

 輪郭すべてが溶岩の様に迫る漆黒にあっという間に呑まれたかと思うと、その波が引いた時には意識を失っていた。

 腰の痛みに喘いでいたフクリと、雨男エトセトラを除いて――その場にいた存在は沈黙する。

 

「……一体……何が……」


「……銀河魔術という概念を知っているか」


 何とか起き上がるフクリの横に着く雨男エトセトラ)に、フクリは首を横に振った。

 しかし全く知識がないわけではない。

 

「でも……インベーダが似たような魔術を扱うというのは……聞いたことが」


「それと同一だ。この怪刀“欄魔”はその銀河魔術を放つ為に必要な要素が詰まっている……特に“暗黒”と呼ばれる属性がな」


「……その暗黒が、彼らを?」


「平たく言えば“暗黒”は人間の心に作用する属性でもある。今回はその特性を使わせてもらった……」


 頷くが、よくよく考えればおかしい事だ。

 インベーダが扱う魔術については、人間が魔力による知恵絞っても今一つ実現できていないと聞いている。

 そもそもインベーダも同じで、普通に生きているだけでは雨男エトセトラ曰く銀河魔術は使えない。実際フクリも空から降ってくるインベーダを真似ようとした事もあるが、上手くいかなかった。

 あの魔術は人類とインベーダの違いが争点ではない。それだけはフクリも知っている。

 だが間違いなく漆黒に塗れた、人類を殺してきた魔術を扱うという事は――。

 

「あなたも……私と同じ、インベーダなのですか?」


「……その質問に答える事は出来ない」


 泣き顔の仮面が、一瞬下を向く。

 その下の目線は、間違いなく何度も蹴られたフクリの腹を見つめていた。

 

「すまなかった。訳あってこの奴隷商人達を泳がせていた。まさかあんたが巻き込まれるとは思わなかった……」


「私の事なら……大丈夫です。こう見えて、意外と丈夫で」


 結構痩せ我慢が入っているが、雨男エトセトラの合成音声に心配の感情が入っている事だけは分かったために、立ち上がらずにはいられなかった。

 結局まだ、この雨男エトセトラが誰なのかは分からない。

 それでも、二回も助けられたのは間違いないのだから。

 

 助けられた。

 

「私……助かったんですね……」


 もし、雨男エトセトラが来なかったら?

 もし、あのまま連れていかれていたら?

 

 自分はどうなっていた?

 自分は何をされていた?

 

 学生ではなく、奴隷になった未来は?

 肉便器として、ただの道具になった未来は?

 

 戦闘もなくなり、冷静になったフクリは体が冷えていくのを感じた。

 あり得たかもしれない夜の自分を追体験して、凍える。

 絶対零度の人の悪意。想像しうる限りの拷問。


「…………」


 遂に想像の重力に耐えられなくなり。

 膝が折れた途端、雨男エトセトラに支えられる。

 

「大丈夫か」


 掴まれた掌は、思ったより小さかった。

 しかし、自分をインベーダと知っても尚、差別をしないような強い掌だった。

 見上げた先にある、白い仮面の下の瞳からもそれを窺い知れる。

 助かって良かったという安堵、助けが遅れて申し訳ないという慚愧。

 

 正体は分からないが、少なくともインベーダを差別している人間ではなさそうだ。

 奴隷商人であるアイスを追ってきたのなら、そういう立場の人間なのだろう。

 インベーダを助ける活動を繰り広げる活動家。もしくは奴隷反対の運動家。そのどちらかだろう。

 だが、それもフクリには間もなく関係ないものとなる。

 だって。


「私は、今夜すぐにこの街を去ります……インベーダと判明して、その街で生きていく術はありませんから」


「何故だ」


 雨男エトセトラに尋ねられ、力ない笑顔で返す。

 

「奴隷商人は、組織で動いている事が殆どです。私がインベーダだという情報も、他のメンバーに伝わっているでしょう。今夜にでもこの街から消えなければ、第二第三の刺客を差し向けられるでしょう」


「……それでいいのか」


「こういう引っ越し、慣れっこなんです。私みたいなインベーダが、アルファルドチルドレンが生きるには仕方ない事です」


 今更涙もない。

 こういう事には慣れている。

 すっかり、当たり前の事と化している。


 誰の事も恨んでいない。

 誰が悪かったという訳でもない。

 奴隷商人だって、食っていく為の止む無き選択なのだろう。


 恨むとしたら。

 魔術学院に入学し、人並みに生きていたかった。

 間に合わなかった、そんな、ささやかな願いだ。

 

「その前に、せめてあなたにお礼がしたいです……」

 

 だが、なるべくやり残しは無しにしたい。

 命の恩人にまで、何も施し返すこと無く去る事はしたくない。

 

 しかしそこまで言っておいて、フクリは一つ厄介な事を思い出してしまう。

 

「あ、でも私……謝礼金とか、お金を払えるものなくて……洒落た物も持ってないものですから……ちょっと待ってくださいね、えーと、えーと……」


 雨男エトセトラから隠れるようにして、何かアイデアは無いかと慌てふためくフクリ。


「待ってくれ。俺は誰にも頼まれずやっているだけだ。礼を受けるつもりはない」


「いえ! これだけの事をされておいて、礼ををしないのは駄目ですから!」


 そこだけは譲れないと言わんばかりに、強い意志を瞳に乗せる。

 店内でも助けられておいて、ここでも命を、人生を救われた。

 これで何もしなければ、ミモザの事と並んで一生分の公開になりそうだったから。


 そんな意地を見せていると、雨男エトセトラは少しだけ仮面の下で笑い声を見せる。

 

「踊り……」


「踊り?」


 雨男エトセトラの呟きは、確かにフクリにも聞こえた。

 

「……それなら、踊りを一曲だけでいい。見せてくれ」

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