第15話 「そんな奴らが大人を名乗る資格はない」

 白日夢オーロラスマイルは、正体不明の匿名ではあるものの、それでも人類最強を崇められている。

 しかしメルトはやはり、最初から強かったわけではないし、第三者が狂信するほど最強ではない。

 何度もインベーダの圧倒的な物量には敗北したし、実際今生きているのは運命の気まぐれによる所が大きい。

 それでも、死の恐怖に駆られるたびに、思いついていた言葉がある。

 

『ツクシ先生ならどうしていただろう』


 ツクシの授業中にも、魔物が出る森の中での青空教室だった事もあり、魔物に何度も囲まれた。

 その度に死を覚悟していたメルトの前にツクシは立ち、決して不安を悟られないような顔をしてくれた。

 最後、インベーダの襲撃で一人街に向かう時も、安心させるような笑顔を残して、そして逝った。

 

『ツクシ先生の様に守らなきゃ。僕がどうなってでも。“今度こそ”』


 それだけが、メルトが自身に課している存在意義。

 だから、東ガラクシ帝国がどうとか、西ガラクシ帝国がどうとかなんて別段どうでもいい。

 ただ、救いたい未来が守れれば、この星がどうなったって構わない。

 

 果たして。

 遠い遠い子供の頃、夢で見た景色と合致しているかと言えば、そんな事は分からない。

 

『ツクシ先生、僕、ツクシ先生の様になれたかな』



       ■       ■



「貴様も東ガラクシ帝国に仇なす気か……!」


 どうやら相当プロキオンは規模を広めていたらしい。

 中には、何度か戦場で見た兵士の姿もあった。

 愛国心なんてものに誘導された彼らは、船頭不在の今、ただ暴れまわる事しか知らない無法者と変わらない。

 少なくともメルトには、滑稽でかつ危険極まりない魔物としてしか映らない。

 

「ミモザが、お前らに何をした?」


「何だと……?」


「大人の役割は、道を外れかけている子どもを叱り、道を正してやる事だ。ミモザが何かしたっていうんなら、僕も一緒に謝ろう」


「その女は、よりにもよって西に情報を流したスパイの――」


「話にならないね」


 まるでオウムの様に帰ってくる言葉は、もう聞き飽きた。


「怖いから。父親がそうだったから、娘もそうだろう。お前らプロキオンの行動原理はその程度だ。論理として破綻している、ただの犯罪集団だ」


「俺達をそんな低俗な奴らと一緒にするな!」


「犯罪集団と一緒にしているんじゃない、犯罪集団だと言っているんだ。国の為ですらない。ただコバルトウォーズの後で荒廃した世界に対するストレスを、ただどこかにぶつけたいだけの子供以下の連中だ」


 精悍な顔付きのまま、静かに言葉の暴力をぶつけるメルト。

 

「親がそうだから子もそうだと最初から決めつけ、ただ名ばかりの自白を求めて、一方的に傷つける……第一服を剥いで、性欲の吐き出し口にすらしようとしている。そんな奴らが大人を名乗る資格はない」


「言わせておけば、かかれ!」


 最初から言葉が通じるとは思っていない。

 既にこの人間達の中にある魂胆は見えている。

 集団心理。それのせいにして、今こうして多勢で押しつぶそうと、人の津波になって襲い掛かってくる。

 

 国のせいにして、人の上に立ちたいだけだ。

 そして少女の上に乗り、玩具にしたいだけだ。

 こんな連中に、生徒を奪われるわけにはいかない。

 

 そして二度と、生徒をミモザの様な目に合わせない為にも、ここで根本から折っておく。



「――ひしゃげろ」



 戦闘は一瞬で終了した。



「“重縛サイコキネシス”」




 人が張り付く。

 天井に床に壁に。

 ありとあらゆる面に向けて異様に加速した、重力に引っ張られて。

 上に重なるメンバーにも潰されそうになりながら。

 百人いたはずの人間が、それだけで無力化された。

 

 あらゆる平面に、貼り付けられた。

 磔に、された。

 

「いぎぎぎぎぎ……!」


 まともに声を出すことも出来なかった。

 口を開けるだけでも一苦労。

 それどころか、次々に骨が折れる音が聞こえる。

 

 ミモザも異様な光景として見守るしかない一方で、メルトが口を開いた。


「命を潰さないだけ、あんたらよりは優しいと思ってほしいな」


 メルトが重力の奔流を解く。

 バタバタ、と人間が落ちる音が連続した。

 当然それでもダメージは伝わる。

 

「くぁ……」


「助けて……」


「痛え……痛えよ……」

 

 地面に叩きつけられた時の衝撃。

 上から降ってきた人体に潰される衝撃。

 そもそも、超重力に全身の骨を折られて、その全員が戦闘不能にまで陥っていた。

 痛みに喘ぐ事しか知らなくなった、表情を見て、少なくとも心は潰せた事を確信する。

 

 他にもアジトはあり残党がいそうだが、原因不明ながらカリスマ性もあったゴットンは既に死亡している公算が高い。

 プロキオンの再起は絶望的だろう。

 だがメルトは、この程度で満足しない。


「おい、他のアジトを教えろ」


「……へ?」


 倒れていたプロキオンのメンバーの胸倉を掴み、問い続ける。

 

「聞いていたプロキオンの規模と違う。恐らくこの街アルファの他のエリアや、他の町でも活動してんだろ」


 メルトはプロキオンを徹底的に潰すつもりだった。

 プロキオンの思想を継ぐ者がいるとしたら、今回の事から生徒に筋違いの逆恨みを向けるかもしれない。

 禍根は残すわけにはいかない。一つの油断が、生徒の命取りになる。

 それを身を染みてわかっているからこそ、メルトは残党狩りをするつもりだ。


「……もう、俺達にはここしかない」


 だが男は首を振った。

 まだ心を潰し足りないのか、とメルトは更に迫る。


「今更とぼけた所で、利は無い事は分かっているよな……」


「本当なんだ……! 色んな支部で、“奴”に攻撃を受けて俺達はアルファに流れてきた……! 前の本部だって“奴”に壊滅させられた! 唯一対抗できそうなゴットンさんも死んだ! プロキオンももう終わりだ……」


「奴……?」


 震える声で、男は答えた。

 


「“白日夢オーロラスマイル”だよ……!」



 繰り返すが、白日夢オーロラスマイルはインベーダに対する対抗勢力として、人類最強の呼び声も高い存在だ。

 しかしその正体は誰にも分からない。匿名で、正体不明。

 分かっている特徴と言えば、

 

「真っ白な笑顔の仮面……! インベーダが使う様な特有の魔術……あ、あんたがさっき使ったような魔術だ……! 俺も見たんだ……!」


 男が言う通りの、特徴だ。

 だが、それはあり得ない。それだけは断じてあり得ない。


「そんな……馬鹿な……」

 

 だって、白日夢オーロラスマイルはメルトなのだから。

 そしてその事実は、ここにいる人間は誰も知らない筈なのだから。


 何より一年前、インベーダ達の大将を称した怪物“ヴィシュヌ”を命からがら打ち取り、戦争を終わらせた直後に白日夢オーロラスマイルである事は捨てたのだ。

 トレードマークであった、“真っ白な笑顔の仮面”と一緒に捨てたのだ。

 

 そもそもメルトは今日まで、プロキオンとは関わったことは無い。

 だから、白日夢オーロラスマイルが既にプロキオンを壊滅させていたなんて事実はあり得ないのだ。

 

 それでも、男の様子から嘘を言っている様にも見えない。こんな所で白日夢オーロラスマイルの嘘をついたところで、一銭の得も無い筈だ。

 それ以上の押し問答は無駄だと悟り、男の胸倉を手放す。

 勿論油断するつもりはない。支部が潰れていたとしても、残党がいない可能性はゼロではない。


(それよりも……)

 

 だが流石に、低い可能性よりも優先するべき事項がある。

 切り替える。

 今一番大事な事はここから脱出し、ミモザを安全な場所に帰す事だ。

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