第14話 「生徒を見放すという選択肢は無いんだよ。生憎ね」
下着姿で恥ずかしい、なんて言ってられない。
勿論途中で奪われた服を見つけたり、隠せる布があったらとも思ったが、そう上手くいかない。
まずはこの地下室からの脱出が先決だ。
「はぁ……はぁ……」
そうは思っても、一度隠れた場所から中々動く事が出来ない。
先程までの拷問によって、心身ともに極限まで疲弊している。
特にゴットンから与えられた恐怖は、ゴットンがいなくなった今でも全く拭えていない。出ようとするたびに、誰かの気配が外であるような気がして、直前にまで迫った死が呼び起こされてしまうのだ。
そうでなくても、捕まったら下着すら剥ぎ取られて、羞恥の極みに追い込まれるかもしれない。
ゴットンの様な愛国心を言い訳にした暴力を振るってくる存在しかいないのだから、痣が増えるかもしれない。
一度可能性を想定すると、次から次へと気配を勘違いして仕方ない。
今この廊下に繋がる扉の向こうで、何人もの敵が待ち構えているような気がする。
「……でも、でも、それでも……」
死にたくない。
生きたい。
学校に行きたい。
どくん、どくんと怖がる心臓を必死に抑えて、遂に廊下への扉を開ける。
「むぐっ!?」
直後、部屋に押し戻され地面に押し付けられたことで、希望は綺麗に絶望へと変換された。
ミモザの上に馬乗りになった男は、ひひ、と念願の玩具でも見つけたかのように下卑た笑みを浮かべる。
「みーつけたぜー子猫ちゃん……どうやってゴットンさんを殺して脱したかは分からねえが、やっぱりお前自身に戦闘力はねえようだな……」
「離して!」
必死に抵抗しようとするも、やはり魔力も枯渇した今の状態では馬力の違い過ぎる男をどかすには無理がある。
「仲間に引き渡す前に……どうせ死ぬんだ。冥途の土産に、男を知ってから逝けや……」
片手でミモザの両腕を抑え、もう片方の手がブラジャーに隠れた豊かな双乳、ショーツが覆う下腹部のどちらから攻めようかと空で迷っていた。
しかしどちらにしても、ミモザはこれから恥辱の極みを受ける事になる。
あまりにも多くの物を失って、そして最後に命さえも奪われることになる。
「やだ、やだ、やだ!!」
「ああ、いい声だ。最近の子供は発育もいいし、肌もやっぱり食感が違うねぇ。さて、やっぱりこっちから――」
「――そんな事、僕が許さねえよ」
酷く冷たい、モノクロの声。
そして重力が突然暴走したかのように。
男の体が突然浮かんだかと思うと、落下の如くに壁に叩きつけられた。
「ごふぁ……っ!」
「……?」
自由になったミモザが声のした方を向こうとするも、突然背広を投げつけられ視界を塞がれた。
一方で、革靴の足音を奏でる存在が、短くどす黒く言い放つ。
「潰す……」
「なんだお前……!」
「“
「んっ!? …………ぁぁっ……がっ……」
一度ミモザを手籠めにしようとした男の声が一瞬した。
それだけで、何か声になっていない呻き声と共にのたうち回っている振動がした。
そっちの方向から見ると、股間を抑えて男が倒れていた。
遂に泡を吹いて、壮絶な痛覚を浴びた状態で意識を失った顔。
抑えている股間から、明らかに大量の尿と血が溢れていた。
(まさか……“潰された”……?)
その通り。
ミモザに背広を投げ渡した存在に、睾丸を圧倒的な重力で跡形もなく圧縮されたのだ。
先程自分を犯そうとしたとはいえ、あまりに惨めすぎる光景に同情を禁じ得ない。
そして一方の存在はといえば、漆黒のネクタイを首から外し、同じく漆黒のワイシャツのボタンを外して脱ぎさると、それもミモザに投げた。
タンクトップ姿になったその教師は、ミモザと同じ目線になると、必死でかつ不安げな表情を見せた。
「大丈夫!? 何にもされてない?」
「……メルト、先生……」
助かった。
そう錯覚し始めた途端、渡されたワイシャツと背広で体を隠す事も忘れ、ぺたりと座り込む。
一気に体が疲れを自覚して、何故か動かない。
「先生、どうしてここに……」
「ごめん。ここの場所を聞き出してから辿り着くまで時間がかかった。室内も広いから、君がどこにいるか分からなかった……あともう少しでも遅れてたら……」
「違うよ! 私、裏切り者の娘なんだよ……? プロキオンがどんな組織かも知ってるでしょ!? こんな所まで来るなんて……!」
「例え君が裏切り者の娘だろうと裏切り者だろうと、教師にはまったくもってそんな事は関係ない……生徒を見放すという選択肢は無いんだよ。生憎ね」
安心できる存在が目の前が表れるという事が、どれだけ体に影響を及ぼすのかを自覚した。
同時に、昨日はあれだけ余裕綽綽な大人な顔をしていたのに、今は冷や汗垂らして物憂げな表情を見せてくれるメルトという教師が、本当に教師なんだと理解した。
その瞬間、少女は少女に戻り。
大粒の涙を流し、そのままメルトにしがみついた。
「あ、あああ、あああああああああああああああ……!!」
「おっとっと」
メルトからしてみれば下着姿のミモザに触れる訳にもいかず、両腕を上げた訳だが、ミモザは尚も抱き着いてくる。
「とりあえずワイシャツと背広を着てな。着ないよりはマシでしょ」
泣き疲れた所で、ようやく自分があられもない姿をメルトにお披露目していることを思い出し、顔を赤くしながらワイシャツと背広を着る。ぶかぶかで汗に濡れた感触もあるが、決してその温かさだけは悪くなかった。
勿論サイズが違うとはいえ、やはり下腹部を隠しきるには少し不安定で、必死に抑えながらメルトを見上げる。
「あれ? メルト先生。そんな指輪のペンダントしていたんだ」
いつもはワイシャツに隠れていて気付かなかったが、タンクトップ姿になり露出した胸元に、小さなペンダントがあった。
“無限の形”をした二つの環だった。
元々は二つの指輪だったようにも見える。それが熱で溶けて、くっついてしまった感じだ。
しかし、メルトはそれを指摘されると目をそらす。
「それよりも。ここから脱出したいんですが、これがまた一作業必要なわけで」
メルトが扉を開けて、外に出る。
左右を確認する。
廊下を埋め尽くす程のプロキオンのメンバーが臨戦態勢を構えており、このままでは通れない。
「うわっ」
「まだ出ない。パンツ見せびらかす事になるよ?」
「そ、それよりこの人数……」
「持ってて」
メルトは眼鏡を取ると、ミモザに投げ渡した。
「えっ、わっ!」
何とかキャッチしてから見上げたメルトの後姿。
びっしりと、露になっていた肩甲骨の周り。
よく見れば、深く広い傷跡が無数に広がっている。
まるでインベーダとの戦争を最前線で乗り切った伝説の勇者の様に、その表情も目線だけで人を射殺せるくらいに険しくなっていた。
その目線の先には、決して劇を見つめる観客などではない、殺気立った無数の暴徒たちが待ち構えていた。
ミモザなら竦んで何もできないだろう状況に、メルトは目を背けることなく睨みつけていた。
多勢に無勢。そんな言葉も知らない子供の様に。
「お前達プロキオンを潰す。生徒の未来にお前達は害悪以外の何物でもない」
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