第7話 上空一万メートルから落ちてきたポピュラー劇でよくある格好をして張り付いている生徒がいたとする。

 

 メルトがようやく自由を許され、ベータ魔術学院の通路を歩いていると、その生徒を見つけた。

 図書館のガラスにくっつき、陳列された玩具箱を見つめる子供の様に目を煌めかせる少女を見つけた。

 

 ベータ魔術学院の指定の制服。藍色のブレザーと、黒のチェックのスカート。

 それと対照的な明るいアッシュベージュのショートの髪が、後姿に華を添えていた。

 何というか、話さなくともプラスの感情が前面に押し出されている娘だなぁ、とメルトは座り込んではにかむ。

 しかし、隙だらけだ。

 

「そんなに図書館に入りたい? “ミモザ”さん」


「うおぅ!?」


 度肝を抜かれたように、更に図書館に張り付く少女。

 ミモザと呼ばれた少女は、そこでようやくメルトに気付いたらしく、まさにドキドキという擬音語を顔に浮かべながらメルトを見つめ返す。

 メルトのスーツ姿を見て、ようやく状況を理解したらしい。

 

「あっ、先生ね! びっくりした、不審者かと……」


「上空一万メートルから落ちてきたポピュラー劇でよくある格好をして張り付いている、君の方が目下不審者だ」


「そりゃ失礼……」


 返す言葉もなくミモザが苦笑いする。

 

「図書館、本は貸せないけど中の案内はしてあげようか」


「いいの!?」


「このまま構内をうろつかれて魔物訓練場の餌になるよりはマシだ。管理はされているが、絶対はない」


「ま、魔物ならそれなりには倒せるけどね」


 腕を組みながら目をそらすミモザに、意地悪そうにメルトは楽しそうに脅し始めた。


「ほーう、それならミノタウロスとかワーウルフとかもワンパンという訳だな」


「ま、まじで……そんな凄い魔物飼ってんのここ……」


「ついでにインベーダが連れてきたドラゴンも入荷予定だ。奴らは仲良しになれたら心強い。でなきゃ人肉としてドラゴンに献上だ」


「ど、ドラゴン……噂は本当だったの」


「ちなみに道を外れるとレッドバッドにちゅうちゅうキスをされてミイラ化だ。二階層に行ったらゴーレムのスタンプで地面に血の印鑑を押すことになる。五階層当たりまで行くと確か水中コースだから、湖に沈んだまま一生返ってこれない。七階層は――」


「いやああ! やめて先生! 私が悪かったから!」


 耳を塞いで、しゃがみ込んでしまったミモザ。

 次に何かメルトが話そうとすると、すっかり心霊話を信じ切ってしまった子供の様に肩を震わせていた。

 

「うー……先生嫌い」


「君が安全なら幾らでも嫌われて結構」


「大体先生誰? なんで私の名前知ってるの?」


 メルトは答える瞬間、一瞬記憶の彼方で笑っていた一人の先生の顔を思い浮かべていた。

 あのツクシと最初に会った時を、思い出す。


「僕はメルト。君の担任教師だ」


「メルト……さん?」


「違う違う。僕のことは先生と呼びなさい。それが僕と君の最初の約束だ」


「……うぃっす、メルト……先生」


 自分の担任だと分かっても尚、しばらくは変人扱いの訝し気な目を向けられていた。

 どうやらツクシに最初に抱いていたメルト自身同様、警戒されているらしい。でもそれくらいの方が、やりやすい。

 しかもどうやらミモザという少女はあっけらかんとした第一印象の通り、図書館の中に入るや否や、一気に好奇心が爆発して駆け回るのだった。

 

「うわああっ! はらほろひっれー!! こんな図書館ある!? 私聞いた事見た事ないんですけどおお!!」


 まるで宇宙を縮小した天球儀のように、その図書館にはあまりにも多くの背表紙が並んでいた。

 一体上に下に何階あるのか、一見では判別できない縦の広さ。一階巡るだけで体力を使い切ってしまいそうな横の広さ。

 この図書館のみ、ベータ魔術学院の中で一般公開する事を想定しているとはいえ、メルトも正直最初見た時はこの広大さに舌を巻いた。

 

「それに並んでる本のラインナップも古今東西良くぞここまで揃えられたって感じじゃない!? やっぱ魔術学院って規模違うんだ……」


「ミモザはこれまで学校に通ったことは無いんだったな」


「うん……ずっと“ブルーウォーズ”で各地転々としてたから」


 メルトが担当するという事は、ミモザは今年で15歳。

 魔術学院としては最終学年の生徒だ。

 勿論最終学年から入学し、そして卒業するなんていう事はインベーダが侵略する前は考えられない事だったが、今は殆どの教育機関が機能停止に追い込まれている状態。

 故に、途中からでも魔術学院に入学させるように手筈を整えなければ、いつまでたっても教育機関は再生しない。

 一番狭間の世代であるミモザ達には、どうしても不利益になってしまうとしても。


「まあ魔術とかは家庭教師がついてたから多少は学んでるけど、でもお陰様でこんな図書館でも驚く箱入り娘が誕生してしまった訳で」


「……箱入り娘ね」


 メルトの知っている箱入り娘にしてはアクションが誇大的な気がするけれど。

 

「学校、楽しみだったんだ。だから待ちきれなくて、ちょっと早めに来ちゃった」


 心からの笑顔に、メルトも思わず笑みが出てきた。

 

「あっ、メルト先生! 今馬鹿にしたでしょ!」


「ああ馬鹿にしたさ。こんなに学校に行きたいと思える子を学校に行かせない社会をね」


 やむを得ない事ではあるのだけれど。事情が事情なのだけれど。

 あんなに学校に行きたくないと我儘言っていたメルトという少年が学校に行けて。

 学校をずっと待ち焦がれていたミモザという少女が学校に行けてなかったのは、幾らなんでも滑稽にしか映らない。

 

 だからメルトは、優しく微笑んで頷いた。

 この狭間の世代の子供達を、しっかり導いてあげられるように。

 

「なら、入学おめでとう。僕で良ければもっとこの学校の事、教えるさ」

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