1時限目:ある生徒が入学するまでの一週間

第6話 それから15年後

 “インベーダ”。

 15年前、突如宇宙から降ってきて、この星を滅ぼさんと攻撃してきた侵略者を人はそう呼んだ。

 

 銀髪銀眼である事以外人と同じ姿を持つ彼らは、しかし人ならざる“銀河魔術”にて、人を屠る。

 宇宙ですら活動できる彼らに制空権を奪われた人類は、一方的な虐殺によって5分の1にまで数を減らしてしまった。

 

 それでも、奇跡の様にいがみ合っていた人類は一致団結し、14年間もの間抗い続けた。

 これを、“コバルトウォーズ”と呼び、青い星を守り切った。

 結果、数多の英雄が死力を尽くし、遂に人類はインベーダを退ける事に成功した。

 

 この大逆転劇を少しでも後世に残さんと、記者達が果敢に戦った勇者達に尋ねてみる。

 一体、どの英雄がこの星を救ったのかと。

 その大多数が口をそろえて言う。

 

 “白日夢オーロラスマイル”だと。

 

 インベーダを最も葬ったとされ、かつインベーダ達の最強戦力を駆逐した匿名の存在、“白日夢オーロラスマイル”。

 ただしまっさらな白面を付けていた事以外は、何も特徴が分かっていない。

 名誉も栄誉も求めず戦場に現れ、インベーダを一方的に殲滅していく。

 勿論彼の登場でも敗戦に終わってしまった戦いもあれど、それでも決定的な勝利は間違いなく彼が呼び起こしたものだった。

 

 1年前、最後の決戦があった。

 インベーダ達の大将にあたる男は“ヴィシュヌ”と名乗っていた。

 その力たるや、あまりに規格外。

 たった一人で国を歩くように滅ぼし、地形を呼吸するように変えてしまうその様を、人類は“魔王”として畏怖していた。

 

 数で押しても瞬く間に滅ぼされてしまう結果に人類が絶望している時に、たった一人、流星の様に“白日夢オーロラスマイル”は前に出た。

 その二人の戦いは、七日七晩に渡って繰り広げられた。

 最早人類もインベーダも傍観する事さえ叶わなかった、夢想の戦闘だったという。

 

 “流星”と、“魔王”の死闘。

 それは最後にヴィシュヌの首が落とされることで、インベーダの総撤退という結末に繋がった。

 即ち、“コバルトウォーズ”はそこで終焉した。

 

 ただし、その戦闘を最後に、白日夢オーロラスマイルの姿も見えなくなってしまった。

 誰かが言った。

 あれは、この星の化身だったのではないか、と。

 

 

 

 

 

「まずここにいる先生方には、ベータ魔術学院の開校、並びに子供達への教育の機会の付与に今日まで協力してくれた事、心から礼を言う」


 ベータ魔術学院が開校したのは、インベーダが総撤退し、ヴィシュヌと白日夢オーロラスマイルが表舞台から姿を消してから一年後の事だった。

 新設され、真新しい机が立ち並ぶ職員室の一番奥から、ベータ魔術学院の学院長である女性の声が響き渡る。

 

「しかし、本番はここからだ。未だこの街も、我が東ガラクシ帝国も傷跡は深く、復興は進んでいるとは言えたものではない。実際この地方で教育の復興に着手出来たのも、一年経ったにも関わらず、我々を含め数校しかない……それも殆どの学校機関は学校機関の機能を果たしていない。我らベータ魔術学院も満を持しての開校とは言えない」


 しかし集まった教員達は、目の前で強く発現し続ける学院長の采配に不満があった訳ではない。

 というか、不満を抱く事すら恐れ多い。

 学院長席から声をかける彼女も、間違いなく14年間のインベーダとの戦争を生き抜き、確実に戦果を挙げた重鎮なのだから。

 

「それでも、ここに集まってくれた同志達は皆、魔術師としての、兵士としての強い魂を胸に抱いている。どうかその矜持をもって、誇り高き後達を育て上げてほしい。この混迷の時代を『生き抜く』、そんな教育理念をしかと刻み、正しい戦士の在り方を生徒達に教え込むのだ」


 “プトレマイオス”――かつて戦場にいた人間ならば、“零度夫人プルート”の二つ名を欲しいがままにした、苛烈な女性兵士を見間違える筈もない。

 齢は40を超えているだろうに、魔術も剣の腕もますます上げていくどころか、その美貌さえ日に日に冴え渡っている様に見える。

 さりとて、彼女は戦場の華などではなく、戦場そのものを心に閉じ込めたような女性だった。

 彼女が率いた地方では、戦果こそトップだったものの、犠牲者の数もべらぼうに高かったのだから。

 

 兵が戦死していく様を見ても、表情一つ変えず冷徹に合理的な指示を下し、時に最前線でインベーダを駆逐していく様を見れば、とてもお近づきになんて考える男はいなくなる。

 とはいえ上層部からの評価は非常に高い。

 特に東ガラクシ帝国の軍への影響力は、貴族でも迂闊に反抗できない程に強い。


 その影響力を、終戦後は教育につぎ込んだ。

 だからこそ、帝国で最大規模の教育機関になるであろうベーダ魔術学院を開校にまで漕ぎつける事が出来たのである。

 ずらりと並ぶ教員達も、もとは腕利きの魔術師が多いのはそういう訳だ。

 その魔術師でも、軍隊の様に整列を崩せず、プトレマイオスに頭が上がらないのも、そういう訳だ。

 

「開校式並びに入学式、始業式は一週間後だ。それまで各教員……」


 しかし、その“零度夫人プルート”プトレマイオスの口が止まった。

 代わりに視線が動いている。

 その先には、厳格に整えられた整列から悠然と抜け出していく影があった。

 

「“メルト”! 何してる!」

 

 咎める声。

 しかしそれはプトレマイオスからではなく、魔術師達の罵声だった。

 ただでさえ線の細い、子供に押されても転げそうな体がぴた、と止まった。

 宇宙の様に漆黒な髪の下、夜の様に暗闇色の瞳をが眼鏡越しにその魔術師を見る。

 

「何してるって、外に僕の生徒らしき子がウロウロしてるのが見えたんで。学校内見学なら担任の僕が面倒見ないと。せめてちょっと待っててと言わないと……もし魔物訓練場に行ってしまったら、最悪の事態もあり得るんで」


「今はプトレマイオス学院長が話をされてるんだ! そんなの、後でいい!」


「えっ、この話の方が大事なんですかね。生徒の方が大事でしょ。後で直接伺いに行きますよ」


 一人だけ緊張感のない発言に、場が凍り付いた。

 あまりに空気の読めないメルトの発言に、笑う事さえできなかった。

 事実、プトレマイオスという女帝は、戦時中足並みを乱し独断専行を果たした部下を処刑したという噂もあるくらいだ。

 

「メルト先生……」


 ゾク! っとメルト以外の教職員が絶対零度の触れたように肩を震わせる。

 恐る恐るプトレマイオスの顔を見る。

 

 ……否、零度夫人プルートと呼ばれたプトレマイオスの表情に、憤慨が表れることは無いという。

 ただからくりの様に、無表情で不確定要素を抹殺していくそうだ。

 無表情で、冷徹に、冷酷に。

 

「大事な話の最中です。あなたが教師として生徒と接する為に、必要な情報を話します。魔物訓練場は私の責任で、現在進行形で厳重に管理されています。迷い込む恐れはありません。あなたの熱意は買いますが、心配は不要」


「……プトレマイオス先生がそういうなら」


 はぁ、とため息を吐きながら列に戻るメルト。なんて暢気なんだろうか。

 一方でメルト以外の教師は、全員が綱渡りを歩ききったような心境になっていた。

 

 プトレマイオスの機嫌が良かったのか。

 それとも戦時中のような横暴は出来ないというのか。

 間違いなく戦時中なら氷漬けで見せしめにされていたことは間違いないだろう。

 

(で……“あの”メルトが何故、このベータ魔術学院で教師なんかやってられるんだ……)


 教員達の誰もが思った事。

 このメルトこそ、プトレマイオス以上にベータ魔術学院の教師陣で最も浮いている存在だった。

 

 プトレマイオスを前にしてもマイペースな一連の行動もそうだが、明らかに実力も実績も足りていないのだ。

 この星では、魔術学院の教師はどれも一流の魔術師で構成されている。

 14年のインベーダとの戦いを、魔術一本で生き延びてきたプロフェッショナル中のプロフェッショナルだ。

 

 魔術学院の教師を勤められることは、魔術師や戦士にとってこれ以上ない勲章。

 これは世界の常識。

 だからこそ、熱意なんて曖昧な概念のみで、素人が立ち入れない様になっている。

 

(基本魔術も一般人並みにしか扱えない、かと言って例外魔術も使えない。落ちこぼれの癖に……)


 今自分がどんな聖域にいるかも分かっていない。

 今自分がどんな集団に囲まれているかも分かっていない。

 今自分を見つめる女が、零度夫人プルートである事も分かっていない。

 そんな顔でプトレマイオスの話を聞くメルトという教師は、地水火風の基本魔術をようやく扱える程度の存在。

 ここにいる“ごく少数を除く”誰もが、その程度の認識していなかった。

 

 そもそもメルト自身、白日夢オーロラスマイルである事を公言していないのだから。

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