第441話 魔狼王

 金属生物のゾンビが剥がれて中から出てきたのは竜ではなかった。


「狼? 魔狼だよな。ユリーナどう思う?」

「そ、そうね。アルの言うとおり、魔狼に見えるのだわ」


 その魔狼は、魔狼王であるフェムよりも体が大きい。

 しかも、魔狼は先ほどから口で人の言葉を発している。

 フェムは人の言葉を話すには念話を使うしかない。

 口でそのまま人の言葉を発する方が、念話よりも難度が高いのだ。


 その巨大な魔狼は解呪の反動か、地面にうずくまっていた。動く力もほとんどなさそうだ。

 体力がないのに、金属生物ゾンビの外殻が無理矢理動かしていたのだろう。


 息も絶え絶えといった様子だが、魔狼が言う。


「……感謝する。本当に呪いを解ける者がいたとは」


 魔狼は先ほどよりずっと流ちょうな言葉を使うようになった。

 呪いが解けたことで、思考がすっきりしたのかもしれない。


「気にしないで。後で話を聞かせてもらうのだわ」

「……何でも聞くが良い。儂に答えられることであれば、何でも答えよう」

「ありがとう。でも、その前に治療なのだわ」


 そして、ユリーナは後方に呼びかける。


「ルカ、治療をするから、こっちに来て手伝って欲しいのだわ」

「わかったわ」


 ルカが駆けつけて、魔狼の体調を調べ始める。

 そしてユリーナは怪我や外傷のチェックをし、治癒魔法をかけていった。

 その間に全員が近くに寄ってくる。


 魔狼の全身を調べながら、ルカが言う。

「骨と皮だけね。内蔵も痩せ細っているわ。……金属ゾンビから死なない最低限の栄養というか、魔力を補給されていたみたい」


 魔獣は魔力だけで生きていけなくはないのだ。


「だから、食べ物のないダンジョンの奥深くでも死ななかったのか」

「アルの言う通りね」

「ユリーナ、外傷や病気は?」

「病気もないし怪我ほとんどないわ。金属生物が体に食い込んでいたところが傷ついているぐらいなのだわ」


 金属ゾンビは魔狼の皮膚を突き破り筋肉に深く食い込み血管にまで届いていたのだ。

 魔力を血管に直接流し込んでいたのだろう。

 そしてその外傷は、ユリーナが一瞬で治している。


 つまり今の魔狼は飢えていて体力もないが、それ以外は健康と言うことだ。


「魔狼の食事を作るわ。断食期間が長かったようだし、ほとんど水のようなものになるけど」

「かたじけ……ない」


 ルカは魔法の鞄をごそごそやって、魔狼の食事を作って食べさせはじめた。


「ゆっくり食べてね」

「……ピチャ、……ピチャ」

 ほとんど水の重湯を人肌に温めたものを、魔狼はゆっくりと舐める。


「絶対量は足りないだろうけど、まずは少しだけね」

「……助か……る」


 ルカとユリーナが手分けして魔狼に処置を進める。

 その頃、ヴィヴィやティミ、チェルノボク、モーフィとクルスは金属生物のゾンビの破片を調べていた。


「複雑な魔法なのじゃ。おぞましい」

「興味深いのである。金属部分は魔法生物だな。生物と言い切っていいものか」

「ぴぃぎ」「もぅも」

「こんな生物が居るんだねぇ」

「その金属生物の死骸は回収しておいてね、調べたいから」

 魔獣学者のルカがそういうと、ヴィヴィたちは魔法の鞄に破片を回収し始める。

 その間、ベルダとエクスはルカとユリーナの後ろから、魔狼のことを心配そうに見ていた


 一方、魔狼王であるフェムは無言でエクスたちのさらに後ろから、魔狼をじっと見つめている。


「フェム。どうした? 群れ以外の魔狼を見て人見知り、いや魔狼見知りしているのか?」


 俺が尋ねてもフェムは反応しない。なにやらフェムの様子がおかしい。


「フェム? 本当にどうした?」

『…………父上?』

 フェムがぼそっとつぶやいた。


「え? 父上?」


 俺は驚いて、フェムと魔狼を交互に見比べる。確かに似ている気がする。


 だが、フェムの父だとすると計算が合わない。

 ダンジョンが作られたのは数百年近く前だろう。

 そして、魔狼はダンジョン制作者の用意した障害の一つだ。

 つまり、魔狼は数百年前からここに居ることになる。


「フェムの父上は亡くなったと言ってなかったか?」


 先代の魔狼王であるフェムの父が亡くなったから、世界中を旅していたフェムが戻ってきて魔狼王になった。

 そう俺はフェムと出会ったばかりの頃に聞いている。


 だが、フェムには俺の言葉は聞こえていないようだった。

 魔狼の元へとゆっくりと歩みよっていく。


『……父上ですよね』


 フェムに呼びかけられて、魔狼は疲れ果てた表情で顔を上げる。


「……儂には娘はいない」

『……で、でも』

「………………」


 魔狼は黙ってフェムの匂いを嗅いだ。


「……懐かしい匂いだ。儂の息子にそっくりだ」

『……息子?』


 フェムはきょとんとする。

 だが、俺はその話を聞いて、一つの仮説を思いついた。


「魔狼。一つ聞かせてくれ」

「聞くが良い」

「もしかして、ムルグ村を知っている魔狼か?」

「…………何故、その村の名を?」

「俺はその村の衛兵だ。そして、このフェムは、今現在、ムルグ村周辺を治める魔狼王なんだ」

「…………そうか。そうだったのか」


 そして魔狼は大きく息を吐き地面にべたりと顔をつける。

 顔を上げたまま、話すことに疲れたのだろう。

 だが、フェムのことはじっと見つめている。

 その目はとても優しかった。

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