第440話 解呪

 俺もユリーナも、チェルノボクの言葉の意味が良く分からなかった。

 だから、尋ねてみる。


「すこしだけできるというのは、解呪を少しできるってことか?」

『そうー』

「ふむ。詳しく説明できるか?」

『わかったー』


 そして、チェルノボクは、再び少しの間プルプルする。

 どう説明するか、考えているのだろう。

 俺たちはゆっくり待った。


『んーっと。すこしだけぞんび』

「ふむ? 一部だけゾンビということか?」

『そう!』

 伝わったことが嬉しいのか、チェルノボクはぴょんぴょんクルスの肩の上で飛び跳ねた。


 ゾンビになれば意識はあるのに、体の自由が一切効かない。

 そして、魂を傷つけられ、耐え難い苦痛を受けながらも、死ぬことすら出来ない。

 そう考えれば、恐ろしい呪いだ。


『ぞんびはのろいー』

 死王であるチェルノボクがそういうのなら、そうなのだろう。


「でも、この魔物はゾンビじゃないのだわ」

『ぴかぴかのとこが、ぞんび! なかみはだいじょうぶ』

 ユリーナが首をかしげる。


「つまり、金属部分だけゾンビということか?」

『そう! あるらのいうとおりー』

「なるほどな」


 俺がうなずくと、クルスが尋ねて来た。

「つまりどういうことなんですか?」

「えっとだな……」

 俺は魔法での分析結果も含めて説明することにした。


 魔物本体と金属部分の魔力の流れがわずかながら違う。


「だが、俺もここまで近づかなければわからないぐらいの差だ」

「それはもうほとんど同じと言っていいのでは?」


 金属光沢に輝く皮膚を持った魔物かと思われたが、金属部分と本体は別なようだ。


「そうだな、ほぼ同じだ。つまり金属部分は、別の生命だったようだ」

「ふむ?」

「そして、チェルによると、金属部分はゾンビということらしい」

「金属の生き物なんているんですか?」

「非常に珍しい魔法生物だが……。いなくはない。詳しくはルカに聞いてくれ」


 俺も一度しか遭遇したことがない。

 物理耐性も魔法耐性も高いが、こちらに攻撃してくるわけでもない。

 倒してもレアアイテムが手に入るわけでもない。

 遭遇しても放置するのがセオリーだ

 動物というより、植物に近い生物だと俺は思っている。


「まさか金属生物をゾンビ化させて呪いに組み込むとはな」

 その発想は俺には全くなかった。


「恐らくだが、金属で魔物の防御力を高めることで戦闘力を上げているんだ」

「魔物を拘束し苦しめる役割も持たせてあると考えた方がいいのだわ」

「そうだな」

「それを踏まえて、改めて分析してみるのだわ」

「頼む」


 ユリーナが真剣な表情になって、杖を構えなおした。

 呪いの構造解析を開始したのだ。

 俺には呪われていることはわかっても、その内容まではわからない。

 解呪に関しては、ユリーナに任せるしかない。

 だから俺はユリーナが解呪しやすい環境を整えることに専念する。


 ユリーナが解析を終えて、解呪にとりかかると、

 ――――GURAAAAA

 魔物は咆哮すると同時にユリーナに攻撃を開始する。


 魔物の意思は関係ない。そういう呪いなのだ。

 魔物は素早い。大きな口を開き、目にもとまらぬ速さでユリーナに噛みつこうとする。


「しばらく大人しくしていてくれ」

 俺は魔物の四足を魔力の手で掴み拘束して突進を止める。

 そうしてから、口も魔力の手で掴んで、開けないようにする。


 ――――UGUUUU……

 魔物はうめくが、動けないようだ。


 その間にユリーナは準備を終える。

「いくのだわ。本体に触れたいから。アル。お願い」

「わかった」


 俺は魔物に強力な重力魔法をかけてひざまずかせて姿勢を低くさせる。

 そして閉じさせていた口を、強引に開けさせ、その状態で固定した。


 四足の拘束と口を開けさせる魔力の腕が計六本。その六本のすべてが強力な魔法だ。

 加えて重力魔法である。重力魔法は言うまでもなく非常に強力な魔法である。


「アル。大丈夫?」

 強力な魔法を七重で同時行使しているということで、ユリーナが心配してくれたのだ。


「余裕だ。任せろ」

 ひざにかけられた呪いをチェルノボクが解いてくれたおかげで魔法の行使が楽になっているのだ。


「なら、よかったわ。無理はしないでほしいのだわ」


 ユリーナは微笑むと、チェルノボクを肩に乗せ、ゆっくりと魔物に近づいていく。

 そして魔物を覆う金属生物に左手を触れた。右手は魔物の口の中に入れて舌に触れる。


「チェル、お願い」

「ぴぎいいいいいいいいいいい!」


 ユリーナがお願いすると、同時にチェルノボクが強く輝く。

 チェルノボクの放つ強い光が、魔物を覆った。


 ユリーナの解呪と、チェルノボクの死神の使徒の権能だ。


 ――GUUUUUUU……


 魔物は苦しそうな声を上げ、「ガキン」という音が周囲に響く。

 魔物を覆っていた分厚い金属生物のゾンビが粉々になって散らばり中から、魔物の本体が姿を現した。

 それはどう見ても狼だった。

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