第442話 魔狼王 その2

 しばらくフェムを見つめてから、魔狼はゆっくりと言う。


「……人間よ。……そなたの推測通り、儂はムルグ村の魔狼王だった者だ」

「やはり」

「え? どういうことですか?」


 クルスが目を輝かせている。


「魔狼殿は、フェムの父ではなく祖父なのだろう」

「へー。すごい。フェムのお祖父ちゃんなんだ!」

『おじいさま……』


 フェムはじっと魔狼を見る。

 フェムも祖父に会うのは初めてなのだろう。


 俺が魔狼をフェムの祖父だと推測したのには理由がある。


 狼は嗅覚が鋭い。

 魔狼が嗅いで、フェムの匂いが息子に似ていると感じたのならば、恐らくそうなのだ。


 だから、俺は魔狼は、フェムの親子ではくとも近い先祖だと推定した。

 もし、ムルグ村を知らないならば、祖父よりもさらに遠い先祖ということになる。


 そして、フェムは自分のことをムルグ村を作った勇者に付き従った魔狼王の孫と言っていた。

 だから、魔狼がムルグ村を知っている場合、フェムの父か、祖父と言うことになる。


 魔狼は横になったままフェムに声をかける。


「フェムと言うのか。良い名だ」

『アルフレッドに名付けていただきました』

「そうか。それはよいことだ」


 俺たちはまだ自己紹介を済ませていない。だからアルフレッドと言ってもわかるまい。

 それでも、魔狼はうんうんと優しげに頷いていた。


「俺はアルフレッドラ・リント。魔道士だ。そして……」


 俺が魔狼に名乗ると皆も一通り簡単に名乗っていく。

「クルスだよ」

「ルカ。魔獣には詳しいわ」

「ユリーナ・リンミアなのだわ」

「ヴィヴィなのじゃ」

「ベルダだ」「エクスです」

「ティミショアラである」


 時間がないので、名前だけ伝えていった。

 シギショアラやチェルノボク、モーフィの名前は俺がしっかりと教えておいた。


「……儂の名前はモコだ」


 魔狼が名乗ってくれる。

 威厳ある風貌に似合わぬかわいらしい名前である。


「モコっていうんだ。可愛いねぇ」

 クルスに言われて、モコが少し照れたようにいう。


「儂の主がつけてくれたのだ」

「そうか。良い名だな」

「うむ」


 主というのは、三百年前の勇者のことだろう。

 魔狼には自分たちに名前をつける文化はない。

 だから、フェムの父にも名前はないのだ。


「フェム。儂の息子、そなたの父は息災か?」

『去年、病で亡くなりました』

「……そうか。優秀な狼だったというに。しかもまだ三百歳にもなっていない若さだというに……」

『はい。父は立派な魔狼王でした』


 モコとフェムは本当に悲しそうだ。


「フェム。そなたも若いのに、魔狼王とならねばならぬとは。大変であろうな」

『大丈夫です。アルフレッドたちが助けてくれますので』


 フェムはいつものように偉ぶった口調ではない。素直で丁寧な言葉で話している。

 普段のフェムは魔狼王として威厳を保たねばならないと気を張っているのだろう。


 フェムとモコは互いの匂いを嗅ぎ合っている。

 それが狼の大切な挨拶なのだ。

 恐らく言葉を交わすよりも多くの情報を得ているのだろう。


 俺もモコにはいろいろ聞きたいことがある。だが、孫と祖父の再会を優先させるべきだろう。

 だから、ルカやユリーナたちも黙ってフェムとモコを見守った。


 フェムとの挨拶を終えると、モコはゆっくりと立ち上がって言う。


「……儂に聞きたいことがあるのだろう。何でも聞くが良い」

「モコ。無理はするなよ。体力がまだ回復していないのだろう?」

「配慮感謝する。フェムの主よ」

「主?」

「名付けるというのは、主になるということだ」

「そうだったのか」

『便宜上なのだ!』


 フェムは照れたようにそんなことを言う。

 フェムに名付けたのは俺である。

 どうやら魔狼の掟としては出会った当初の頃から、俺はフェムの主だったらしい。


「フェムの主。配慮は嬉しいが、本当に儂は大丈夫だ」

「モコ。本当に無理はするなよ。体力がないのだろう?」

「傷は癒やしてもらった。重湯ももらった。戦闘しろと言われたらしんどいが、話す程度なんともない」

「そうか。強いな」

「これでも魔狼の王を長年やっていたのだ」


 そう言ったモコはどこか誇らしげだった。

 過剰な気遣いは、モコのプライドを傷つけてしまうかもしれない。


「では、話を聞かせてもらうことにするが……。楽にしてくれ。横になったままでいい」

「……お言葉に甘えよう」


 立ち上がったモコは、再びゆっくりと伏せた。


「俺たちはこの迷宮の奥にいる者を倒しに行く途中なのだが……」

「そうか。やはりこの奥に居るのが何者か、そなたたちは知っているのか」

「俺たちが知っているのは、魔人の不死者がいると言うことだけだ。それも信じきっているわけではない」

「どういうことか?」


 モコが聞きたそうにしているので、俺は説明する。

 魔王の城下町だったエルケーで不死者の王ノーライフ・キングが暴れた。

 その不死者の王は迷宮の奥に居るという魔人の不死者を復活させることを目的にしていた。


「魔人の不死者がいるということは、不死者の王から聞いていただけだ」

「なるほど」

「そういうわけで、信じ切っているわけではない。あくまでも敵が言っていただけだからな」


 とはいえ、俺自身は不死者の王は嘘をついていないと考えている。

 それは表情や口調、全体的な態度から推察した勘のようなもの。

 俺は自分の勘をさほど信じてはいない。


「フェムの主。そなたたちの情報は正しい。この奥に居るのは魔人の不死者である」

 そうモコは断言した。

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