第431話 壁の罠

 冒険初心者たちが気を引き締めている一方で、クルスは笑顔だ。

 反省していなさそうな顔でこっちを見る。


「あぶなかったですね!」


 やはり反省していなかった。きちんと叱らねばなるまい。

 熟練の冒険者として、あるまじき振る舞いだった。

 冒険が初めての者だっているのに手本として最悪だ。

 シギショアラの教育にもよくない。


 なんて言って叱ろうか少し考えて、直截ちょくせつに伝えることにした。


「クルス。今の動きは最悪だ。冒険者としてあるまじき動きだ」

「ごめんなさい」

「何度か話したと思うが」

「はい」

「ダンジョンに限らず、いつも油断するな」

「はい。ごめんなさい」


 クルスがしょんぼりしている。


 クルスは幸運と能力の高さゆえに、痛い目を免れている。

 だが、幸運は神の気まぐれのようなもの。いつまでも続くと思わない方がいい。

 幸運はあてにするべきものではない。不運を前提に動くべきなのだ。


 そんなことを、クルスに言う。


「はい。気を付けます」


 しょんぼりしたクルスに、ルカが大きな声で言う。


「扉を開けるときは?」

「トラップに気を付ける」

「通路を歩くときは?」

「トラップに気を付ける」

「ほかには?」

「奇襲に気を付ける」

「よし! 気を引き締めていきなさい」

「ありがと」


 しょんぼりしたクルスの頭をユリーナは優しく撫でる。

「クルスは少し油断しただけなのだわ」


 少しの油断が命取りなのだ。言い訳にはならない。


 それから俺はクルス相手に基本的な事項を再確認する。

 クルスも気合を入れなおしたようだ。


 レジャー気分から切り替わったのだろう。

 先ほどより、だいぶいい面構えになっている。


「クルス。心して進んでくれ。ゆっくりでいい」

「わかりました!」


 油断が多くとも、先頭を任せるならクルスが最適だ。

 危機察知能力の高さと対応力、それに戦闘力も申し分ない。


 だから先頭はクルスに任せる。

 次に俺と獣たちとヴィヴィ、その後ろにはユリーナとエクスとベルダ。最後尾はティミとルカ。

 後衛のユリーナと未経験者のエクスとベルダを真ん中に挟む隊列である。

 ヴィヴィはモーフィの背中の上に乗っている。

 モーフィは強いので背の上に乗っていれば安全だ。


 少し進むと、クルスがすぐに足を止めた。


「む! 罠です!」


 さっき叱ったからこそ、きちんと出来たら褒めてやるべきだ。


「クルス。気付けて偉かっ――」

「クルスさすがなのだわ!」

 俺が褒める途中で、ユリーナがクルスを抱きしめて褒め始める。


「そんな、大したことないよ」

「やっぱり、クルスは凄いのだわ」

「えへへ」


 ユリーナがクルスの頭を撫でまくっている間に、俺は罠を魔法で調べる。

 罠感知の難度は尋常ではないほど高く、解除も容易ではない。


「クルス。よく気が付いたな」

「えへへ、ありがとうございます」

「結構見つけるのが難しい罠だ。さすがクルスだ」

「えへへー。照れるじゃないですかー」


 会話しながら、俺は罠の調査を進めていく。

 この罠単発なら、適当に調べて適当に解除すればいい。


 だが、まだこのダンジョン攻略は序盤も序盤だ。

 罠を製作し設置した者の力量や意図、癖なども知っておきたい。


 俺が時間をかけて調べているのを見て、ヴィヴィも罠に興味を持ったようだ。

 モーフィの背に乗ったまま、近寄ってくる。


「アルラ。どんな罠なのじゃ?」

「もっもぅ」


 モーフィも興味津々だ。

 俺はヴィヴィだけでなく、全員に向けて丁寧に説明する。


「巧妙に隠されているが、ここが侵入者を感知する場所だ」

「ほうほう? 全くわからぬのじゃ」

「アルラさまに教えられても、私には見つけることが出来ぬと思いまする」


 小さな魔法陣が左右の壁、その下の方に刻まれている。

 その間を通ると感知し、罠が発動する仕掛けだ。


 ベルダは感知する魔法陣に顔を近づけて観察しはじめた。


「ベルダ。それ以上近寄らない方がいい。まだ解除してないからな」

「はい、アルラさま。お気遣いありがとうございます」


 もちろん、罠が発動しても魔法でかばえるが、発動させない方がいいに決まっている。


「で、引っかかったら、どこからどんな罠が発動するのじゃ?」

「発動する仕掛けはここにある。発動するものは爆弾だな」

「爆弾というと、さっきクルスが引っかかったやつかや?」

「そうだな。だが威力が違う。さっきの奴の五倍は威力が高い」

「ひぅ」


 俺がそう言うと、ベルダが驚いて一歩下がった。

 爆弾に顔を近づけすぎていたので、それでいい。


 ヴィヴィも顔をしかめた。


「そんな爆弾が爆発したら全滅してしまうのじゃ」

「まあ、設置した奴は全滅させるつもりだろうな」

「全滅どころか、通路ごと崩壊してしまうわね」


 ルカが壁を調べながらそんなことを言う。


「それが、そうでもなさそうである」

「ティミ、どういうことかしら?」

「先ほどの部屋にはかけられていなかった魔法が、この通路にはかけられておる」

「通路の崩壊を防ぐための防御魔法ってこと?」

「そうだと思うが、アルラはどう考える?」

「防御だけではなく、再構成も出来そうな魔法だな」


 壁が壊れても、数日たてば元通りになる。そういう魔法だ。

 よほど高位の魔導士がこのダンジョンを作ったのは間違いなさそうだ。

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