第410話 転移魔法陣について考えよう

 ヴィヴィの意見は正しいように俺は思う。

 いくら転移魔法陣が高等で複雑な魔法陣であろうと、一つの街全体というのは大きすぎる。


「確かに、ヴィヴィの言う通りだな。あれを転移魔法陣だけだと判断したのは少し軽率だった」

 反省しなければなるまい。


「あれは巨大すぎたのじゃ。しかも上にエルケーの街があるため全体を観察することも出来ぬ」

「うむうむ。アルラとヴィヴィが見抜けなくとも仕方のないことであろうな」「りゃあ」


 ティミショアラが慰めるようにそう言ってくれた。シギショアラも元気づけてくれている。

 まじめな顔でベルダが言う。


「ジールの竜舎にある転移魔法陣は、複雑な魔法装置の一部ということなのか?」

「そうだな。三角錐の謎の金属像もその一部なんだろう」

「アルラさまがおっしゃるのならば、そうなのでございましょう」


 やはりベルダの口調が俺に対するものだけおかしい。やりにくい。


「そういえば、魔人はどうなったのじゃ?」

 ヴィヴィは、ベルダのおかしな様子も気にしていないようだ。


「箱に詰めたまま幽閉している。エルケーの技術では尋問も出来ぬし。困っているところだ」

「尋問しないのなら、とどめ刺したほうがいい?」

「勇者伯の手を煩わせるのは心苦しいが、その時はたのむ」

「まかせておいて! いつでも言ってね」


 ベルダはうなずくと、ヴィヴィに尋ねる。


「転移魔法陣とやらで……、王都に運ぶことは可能だろうか?」

「えっと……そうじゃな……」


 ヴィヴィが困ってこっちを見てくる。転移魔法陣の存在は隠しておく予定だったからだろう。

 とはいえ、もう遅い。ベルダの前で転移魔法陣の話をしてしまっている。


「ベルダ。確かに転移魔法陣はある。王都にもすぐ行けるが、非常時以外は頼らないで欲しい」

「了解いたしました。アルラさま。肝に銘じましょう」


 ベルダは素直に同意してくれた。


「理由は聞かなくていいのか?」

「アルラさまのおっしゃることですから」


 あまり盲信されても困る。俺の不安に気づいたのかベルダが付け足すように言う。


「アルラさまは転移魔法陣の存在が広く知れ渡ることをご懸念なのでしょう?」

「そのとおりだ」

「広く知られれば、よからぬことを考えるものも出てくることでしょう」

「その可能性は高い。なるべく王宮にも知られたくはないんだ」


 俺の言葉にベルダは深くうなずいた。

 偉い人たちがよからぬことを考えることが最も面倒で厄介である。

 王宮にもろくでもないことを考えるやつはいるに違いないのだ。


 それをベルダも理解してくれたようだ。

「お任せください。秘密は守らせていただきますわ。私は口が堅いのです」

 そういってベルダは胸を張る。


「ありがとう。で、転移魔法陣で魔人を運ぶことについてどう思う?」

 俺はルカたちに尋ねる。


「うーん。ベルダ赴任のタイミングから考えて、今すぐ運べば、確実に転移魔法陣の存在がばれるわね」

「そうなったら、絶対利用させろって話になるのだわ」

「とはいえ、転移魔法陣を使わず運搬するのもどうかと思うわ」


 冒険者ギルドも代官所の職員も人手が足りていないのだ。

 それに強力な護衛がいなければ、魔人の運搬は危険きまわりない。


 万が一魔人に箱から脱出されたとき、倒せるぐらいの力は欲しい。

 もし、魔人を奪って利用しようとするよからぬものが現れたとき、撃退できる力は欲しい。


 そう考えると、Fランク冒険者は論外だし、代官所の部下たちも頼りない。

 Bランク冒険者のレオとレアの兄妹であっても不安は残る。


「ティミに運んでもらったってことにすれば、何とかなるか」

「なるほど。実際に我が運ばなくとも、二、三日後に転移魔法陣で運べばよいな」

「そうそう。クルス……いや、ルカと一緒に行けば、うまいこと説明できると思うのだが……」


 俺がルカを見ると、ルカはまじめな顔で少しだけ考える。


「そういうことなら、何とかなるかな。わかったわ。任せておいて」

「え? アルラさん、どうしてぼくじゃなくてルカなんですか?」


 クルスは少し不満気だ。


「えっとそうだな」


 俺は言葉を選ぶ。本当の理由はクルスでは少し頼りないからだ。

 ごまかす相手は百戦錬磨の司法省である。クルスではぼろが出かねない。

 とはいえ、そうはっきりと言ってはクルスが傷つくかもしれない。


「クルスはエルケーに来ていないことになっているからな」

「なるほどー。確か政治的な? 問題が大きいんでしたっけ?」

「そうだ。勇者がエルケーにいること自体、問題視する人は多いだろうからな」

「わかりました。ルカに任せますね! ルカお願いね」

「任されたわ」


 そういって、ルカはクルスの頭を撫でた。


 その後、少し話し合いをして、数日代官所に魔人を保管。

 頃合いを見てティミとルカの二人で司法省に連行することになった。


「古代竜の子爵という名前を出せば、大体通用するのじゃな」

「神に近い古代竜の貴族だからな。さて、質問もなければ、行動開始するか」


 俺がそういうと、ティミが真面目な顔で言った。

「アルラよ、我にはまだ聞きたいことがある」

「りゃあ?」

 真面目な顔をしているティミショアラをシギショアラも不思議な顔で見つめた。

 そうしながらも、シギはご飯を食べる手を止めない。

 食事の開始直後はティミに食べさせてもらっていたが、今では自分で食べている。

 自分で食べたい気分なのだろう。


「ティミ、聞きたいこととはなんだ?」

「うむ。不死者の王は先代勇者の元仲間だったという話であるが……」

「ああ、不死者の王自身は、そんなことを言っていたな」

「なにゆえ、勇者の仲間が不死者の王などになったのであろうか?」


 俺は少し考えた。だが、結局のところ、俺は不死者の王ではないのだ。

 考えたところでわかるわけがない。


「俺にもわからない」

「アルラにもわからないのか……」


 不死者の王と俺は勇者の仲間という点は同じだ。魔導士という点も同じだ。

 だから、なんとなくわかるのではと、ティミは思ったのかもしれない。


「三百年前と今は状況が違うしな」

「ふむう」

「三百年前の勇者は、魔王の討伐後、冷遇されたらしいから」


 そして行き場のなくなった勇者が王都と人里を離れ作ったのがムルグ村である。

 爵位と領地を与えられ、民にも宮廷にも尊敬されているクルスとは大違いだ。


「それに人間は寿命が短いからな。魔法の研究にはまって時間が足りなかったのかもしれない」

「なるほど……」


 ティミは複雑な顔で少し考える。

 寿命に果てのない古代竜としては、短命種の境遇は理解できないだろう。

 だが、ティミも俺たちの心中を想像することは出来る。


「アルラよ。もし魔道の研究で時間が欲しければ我に言うのだぞ?」

 ティミはアンデッドになる前に相談してほしい。きっとそう思ったに違いない。


「わかった。アンデッドになるつもりはないから安心してくれ」

「うむ。本当に言うのだぞ?」

「わかった」


 ティミは本当に真剣な表情をしていた。ものすごく心配してくれているのだろう。


 昨日のことを相談した後は、ティミの報告を聞きたい。


「で、ティミ。破壊神の使徒に関する報告というのは何の話だ?」

「ああ、そのことであるか」


 俺がそう言うと、ティミに全員の視線が集まった。

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