第409話 事情説明

 反省している様子のヴィヴィに俺は言う。


「まあ、魅了もゾンビ化も、魔導士であっても冒険者以外は知らないのは当然だからな」

「そういうものかや?」

「うむ」


 ステフが困ったような表情を浮かべる。


「師匠。私も知らなかったのです。勉強不足でごめんなさいなのです」

 ステフは魔導士なうえに冒険者だ。


「まあ、知らなくても仕方ない知識だから、気にするな」

「そだよー。ぼくも初めて聞いたもん」


 クルスが笑顔でそんなことを言う。それを聞いてルカが真顔になった。


「クルスは知らないとまずいわね」

「そうかな?」

「それはそうよ。クルスはSランク冒険者のうえ、裁判権を行使できる領主様なのだから」

「そっかー。勉強しとくね」


 魅了されていたものが犯した犯罪の場合の裁判はいろいろ難しい。

 そのことをルカは言っているのだ。


「ねえ、ベルダは知ってたの?」


 裁判権を行使できるという意味では代官であるベルダも同じだ。

 だから、クルスは疑問に思ったのだろう。


「ああ、一応だが、知ってはいる」

「そっか! すごいね!」

「数ヶ月前にたまたまゾンビ化にまつわる事件にかかわったことがあっただけだ」

「そうなの? どんな事件?」

「ゾンビを使った侯爵家跡継ぎの暗殺未遂事件だな」

「物騒だね」

「それで詳しく本を読んで勉強したんだ」

「そうなんだ! ぼくもその専門の本をちゃんと読むね?」


 ゾンビのことを調べるために法律書を読む者はクルスぐらいだろう。


「クルスは頑張り屋さんだから、大丈夫なのだわ」

「えへへ」


 ユリーナに頭を撫でられて、クルスは嬉しそうに照れていた。

 クルスはルカに紹介してもらって法律学院の教授にいろいろ教えてもらっていたりもする。

 本当に努力家なのだ。


「クルスは本当に偉いな」

「えへへー」

 俺も褒めておく。クルスは頬を赤くした。


 その時、シギショアラにご飯を食べさせていたティミショアラがこっちを見た。

「アルラよ。エルケーを包んでいた障壁というのは、どういうものなのだ?」

「おそらくは不死の魔人の封印を保護するためのものだと思う」

「魔人や不死者の王が張ったものではないのか?」

「障壁を発生させていた謎の像をクルスがかっこいいと言っていたからな」

「ふむ?」

「アルラさま。それにはどのような意味があるのでしょう?」


 ティミは首を傾げ、ベルダは不思議そうな顔でこちらを見る。


「クルスはそういう勘が鋭いんです」

「えへへ」


 クルスは照れていた。今日のクルスはよく照れる。


「さすが勇者伯閣下だな」

 ベルダは感心しているようだ。だがティミは困ったような表情を浮かべる。


「クルスの勘を疑っているわけではないが……。根拠はクルスの勘だけなのであるか?」

「もちろん、それだけではない」

「詳しく聞かせるのである」


 ティミに促されて、俺は障壁をこじ開けたときの話をする。

 あの時、確かに魔力が一気に内側に流れ込んだのだ。

 そして、不死者の王も魔人も主に石を操って戦っていた。


「アルラさま。つまりはどういうことなのでしょうか?」

 ベルダに敬語を使われるとなんとなく落ち着かないが仕方がない。


「不死者の王が石を操ったのは、それ以外の素材がなかったからだ」

「あの時の石像は、建物や石畳をはがしたもので作られていたのじゃ」

「エルケーが障壁で封鎖されていなければ、外からいくらでも呼び寄せることができたはずだ」


 それこそ粘土の塊やら、魅了をかけた魔物を呼べただろう。

 不死者の王が使役していたオークゾンビ以外のゾンビも控えていたのかもしれない。


「不死者の王や魔人たちは障壁から不利益しか受けていない」

「不死者の王たちが張ったのではないのだから、エルケーを守るための障壁と考えたのじゃな?」

「エルケーを守るためというよりは、不死の魔人の封印を守ろうとしたのだと思う」

「ふむー。不死者の王たちは、アルラを追い出したかったのではないかや?」

「不死者の王たちが的確にこちらの戦力を把握しているとは俺には思えないんだ」

「それに、内側にはすでにクルスがいたのだわ」

「そうそう」


 ルカ以外にも強力な冒険者がいることには、障壁が張られたときには気づいていただろう。


「巨大な魔法陣を保護するための障壁かや? 確かに魔法陣はものすごく大きかったのじゃ」

「ヴィヴィちゃん。それってジールの竜舎で見つかった転移魔法陣のこと?」

「まあ、そうじゃが、あれは、転移魔法陣だけではないのじゃ」

「どういうこと?」


 クルスに尋ねられて、ヴィヴィが解説を始める。

 発見された転移魔法陣は巨大な構造体に刻まれていた。尋常ではない大きさだった。

 転移魔法陣だけならば、それほど大きくする必要性はない。


「ヴィヴィちゃんの転移魔法陣は小さいもんね」

「いや、あれはヴィヴィの特別製だ。普通の転移魔法陣はあれよりはかなり大きい」


 俺がそういうと、ヴィヴィがうなずく。それを見てクルスが感心する。


「そうなんだね。さすがヴィヴィちゃん」

「……とはいえ、普通の転移魔法陣と比べても巨大すぎるのじゃ」

 照れているのか、少しほほを赤くしながら、ヴィヴィが言う。


「術者の力量不足で、通常より大きくなっちゃたってことはないの?」


 ルカの問いにヴィヴィはゆっくりと首を振る。


「わらわもそう思ったのじゃ。じゃが……。ほかの技術がとても優れておるのじゃ」

「隠ぺい魔法はかなりの高水準だったな」

「アルラの言う通りなのじゃ。転移魔法陣だけ苦手というのも考えにくいゆえな」


 それに転移魔法陣そのものも、かなり精緻なものだった。


「つまり、転移魔法陣は、あの巨大な魔法陣の一部でしかなかったと考えるべきじゃ」

 自信ありげにヴィヴィはそう言った。

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