第401話

 街全体を覆う障壁の内側は、とても騒がしかった。


「戦闘中かしら?」

「トムたちは大丈夫だろうか……」

「いざとなればムルグ村に逃げられるから大丈夫だと思うけど……」

「フェム頼む」

「わふ」


 フェムはトムの宿屋に向かって走ってくれる。

 途中、動く粘土の塊や、石像と遭遇したので破壊しながら進む。

 粘土は少ない。ほとんどが石像だ。

 壊れている建物もあったが、トムの宿屋は何ともなっていなかった。

 宿屋の扉を開いて中を見る。中には誰もいなかった。


「書置きがあったわ。ムルグ村に行くって」

 ミリアがわかりやすい位置に書置きを残しておいてくれたようだ。


「それなら安心だな」

 騒がしくなって、周囲の建物が壊されたりし始めたので避難したのだろう。


「トムの宿屋も狼商会もびくともしてないわね」

「ヴィヴィが魔法陣を描いて強化しているからな」


 それから、俺たちは動く粘土や石像を倒しながら、金属像の場所へと走る。


「あ、アルさん! 待ってました!」

「倒しても倒してもきりがないのだわ! ヴィヴィが抑えてくれてるからだいぶましではあるのだけど……」


 クルスとユリーナが大量の動く粘土や石像を倒しまくっているようだ。

 ヴィヴィはモーフィの背に乗って、魔法陣で崩れた粘土や壊れた石像を閉じ込めていた。

 石像の残骸を一つの魔法陣につき十体分以上拘束している。その魔法陣が五つあった。


「五十体分か。ヴィヴィ、大したもんだ」

「維持にも魔力を使うのじゃ! それに、新手がどんどん押し寄せてきておるし、あまり長くはもたないのじゃ」


 額に汗を流しつつ、ヴィヴィが魔法陣を張り続けていた。

 動き続ける石像たちも材料がなければ再生できない。非常措置としては正しい。


 代官ベルダとその騎竜ジール、それにステフとレアとレオも戦っている。


「ふーむ。やはり粘土より石像が多いな」

『なにを悠長に分析しているのだ! そんな場合じゃないのだ』

 爪で石像をなぎ倒しながらフェムが言う。


「いや、なに。こいつらは石の建物の破片から作られている可能性が高いなと」

「石畳の道とかもあるわね!」

「あー確かに、それもありそうだな」


 建物が壊されていたのは、材料確保の意味が大きいのかもしれない。

 障壁で囲まれているため、外から材料を持ってこれない。だから石像が多いのだ。

 エルケーを包む障壁がなければ、粘土の塊がもっと多かっただろう。


「クルス。ユリーナ。とりあえず、ここは任せた」

「はい、任されました」

 クルスは嬉しそうに返事をしながら、石像を粉々に切り刻む。

 そんなクルスたちの近くに、魔人の入った金属箱を置く。


「あとこれも頼む。中に魔人が入っている」

「了解です!」

「なるべく早くしてほしいのだわ」


 ユリーナも杖とこぶしで石像を壊している。

 俺が来ることを見越して、クルスもユリーナも防衛に徹しているようだ。

 短期的には石像を抑えるために探し回るよりも、被害が抑えられるという判断だろう。


「あまり長くはもたないのじゃ!」「もっも!」

 モーフィも角と蹄で石像を倒していた。


「わかった。少し待っていてくれ。急いで対処する」

「どうするの?」

「さっきと同じだ。石像を操っている奴を見つけ出す」


 ルカの問いに答えると、クルスが大きな声で言う。


「あっちに怪しい雰囲気を感じるので、多分だけどあっちだと思います!」

「じゃあ、クルス、案内してくれ」

「わかりました!」「ぴぎっ!」

 クルスの返事と同時にチェルノボクがフェムの頭に乗った。


「チェルも来てくれるのか?」

『うん! あやしい!』

 チェルノボクも何か感じることがあったのかもしれない。


「それなら、ここでのクルスの代わりはあたしがやるわね」

「頼む。なるべく派手にバラバラにしてくれ」

「わかったわ!」


 ルカが剣をふるう。人の身の丈二倍はあろう石像が一瞬でこぶし大に分割された。

 相変わらず素晴らしい剣技の冴えだ。


「こっちです、アルさん」「ぴぎっ!」


 走り出したクルスの後を、俺はフェムに乗って追っていく。

 そうしながら、俺も魔力の流れを魔法で調べる。


 ルカが石像をバラバラにすればするほど修復のために魔力が使われる。操作も難しくなる。

 結果として、魔力の流れが強くなり、俺が捕捉しやすくなる。

 隠ぺいの魔法で偽装されているため、素早く敵の位置を絞り込むのは難しい。

 だが、クルスが方向を示してくれるので、魔力の流れを読みやすい。


 しばらく走って街はずれまで来て、クルスは止まる。

「このあたりだと思うんですけど……」

 これ以上は、聖王クルスの勘でも絞り込めないようだ。


「あとは任せろ」「わふ!」「ぴぎぴぎ!」

 俺と同時にフェムも吠えてくれた。鼻で貢献してくれるつもりなのだろう。


「ガアアアアアアウ!」「ぴぎいいいいいいいい!!」

 フェムが一か所に向けて吠えると同時にチェルノボクが大きな声で鳴いて輝いた。

 大きなオーガのゾンビが十体ほどバタバタと倒れた。


「うわっ! 怪しい気配は感じてたけど、オーガがいることには気づかなかったよ!」


 クルスすらだますとは、見事な隠蔽術だ。

 オーガを倒したのは魔天狼たるフェムの咆哮と、死王チェルノボクの権能だろう。


「そろそろ、隠れるのをあきらめたらどうだ? お前も逃げられるとは思ってないだろ?」

「下等なる定命じょうみょうのもの風情が、やってくれたのう」


 俺の呼びかけに答えるように、一人の男が姿を現した。

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