第402話

 男は黒いフード付きローブを着て立派な杖を持っている。中肉中背、特徴のない顔つきだ。

 五十代にも二十代にも見える。ただ、顔色は蝋のように白い。


『しんでるやつだよ!』

 死王たるチェルノボクが断言する。


不死者の王ノーライフキングってやつか?」


 不死者の王は最高位のアンデッドだ。リッチやリッチキングのさらに上位のAランク魔物だ。

 とはいえ、Aは魔物ランクの事実上の最高位。一定以上の魔物は基本全てAに分類される。

 リッチの時点でAランク魔物だ。その上のリッチキングのさらに上が不死者の王。

 Aランク魔物の中でも、特別に強力な魔物である。


「不死者の王ですかー。強そうです」

「フェム。俺は降りるから好きに戦え」

 そういって、俺はフェムの背から降りる。


『よいのか?』

「攻撃はクルスとフェムに任せる。俺は街に被害が拡大しないよう、防御に徹しよう」

「わかりました、任せてください!」『わかったのだ』


 高位の魔導士が死を克服することで不死者の王になるのだ。

 元人間で、アンデッドであると同時に、魔導士でもある魔物だ。


 元から高位の魔導士だったものが、不死になって得た時間を、魔法の研究につぎ込むのだ。

 必然的に、魔導士としても人間の比ではないほど強力になる。


「アンデッド風情が何をしたいのかは知らないが、とりあえず倒してから考えるか」

「そうですね、倒してから考えましょう!」

「クルス――」

「わかってます! とどめは刺さないように手加減しないとですね!」


 すると、不死者の王は突然笑い始めた。


「浅はかな定命のものらしい傲慢さだ」

「ゾンビばかり相手にしてたから、感情豊かなアンデッドは新鮮だな」

「ゾンビと一緒にするな。定命の冒険者よ」

「アルさん、ぼくがいきますね!」

「さっきも言ったが、街への被害は気にするな」

「ありがとうございます!」


 クルスは剣を抜くと同時に斬りかかる。

 ――ガキィン

 不死者の王の障壁によりクルスの聖剣ははじかれる。


「ほう? それは聖剣か。ということはそなたは聖王、いや定命の者の言葉では勇者だったか」

「よくわかったね。博識なゾンビさん」

「挑発しているつもりか?」


 不死者の王は鼻で笑う。そして魔法の矢を周囲にばらまいた。

 ただの矢ではない。俺の左ひざを傷つけたのと同じ不死殺しの矢だ。

 クルスは全力でよけ続け、俺は魔法障壁で自分と周囲への被害を防ぐ。


「不死者の王が、不死殺しの矢とは皮肉が効いてるな」

「この矢のことを知っているとは、猿にしては博識じゃないか」


 クルスに挑発されたことの仕返しか、俺に対して挑発してくる。

 みえみえの挑発に乗ってやるほど、俺は若くはないのだ。だが、


「楽に死ねると思うな!」

「ガウガウ!」『我が牙のさびにしてくれるのだ!』


 クルスとフェムの動きが、より攻撃的、かつ素早くなった。

 思いっきり挑発に乗せられてしまっている。

 それはともかく剣と違って牙はさびないだろうと、心の中で突っ込んでおいた。


「うおっ」

 不死者の王がクルスたちのあまりの攻撃の苛烈さに驚いている。

 挑発対象の俺ではなくクルスたちからの攻撃が激しくなったのは意外だったのだろう。

 そして、クルスたちの攻撃の鋭さも想定以上だったに違いない。


「ふふ」

 不死者の王の慌てる顔が面白くて、俺は思わず笑ってしまった。


「なにがおかしい!!」


 不死者の王の攻撃が苛烈になる。激しくなった攻撃の大半は俺に向かう。

 膨大な魔力を、魔法の超絶技巧にのせて放ってくる。

 火炎、氷、風などの属性魔法、魔法の矢、魔法の槍や空間魔法を利用した物体操作。

 クルスの聖剣とフェムの牙と爪を障壁で防ぎながら、強力な攻撃を俺に繰り出してくる。

 その攻撃をすべてしのぐ。俺に外れたものも、街に届く前にすべて防ぎきる。


「攻撃は大したことがないが、防御はすごいな」


 俺は思わずつぶやいた。クルスとフェムの攻撃を、見事に防ぎきっている。

 魔法障壁に加えて、魔道具とローブにかけた魔法で防御力を上げているのだろう。

 攻撃も大したことはないとはいえ、物量はすごい。さすがの魔力量だ。

 俺の障壁とぶつかり激しい音が鳴る。昼間のように周囲が明るくなった。


「たしかに障壁が凄いですねー」

 平静さを取り戻しているクルスが、そんなことを言う。


「クルスでも難しいか? 手助けしてもいいが?」

「いえ、すごいのはアルさんの障壁の方ですよー」

 そう言うと同時にクルスの聖剣が、障壁を斬り裂き、そのまま不死者の王の首を飛ばした。

 首は地面を転がりながら笑う。


「我は決して死なぬ不死者たちの王」

 転がる首が黒い霧状の物に変化し、あっという間に胴の上に再生した。


「すごいね!」

 笑顔でそういうと、クルスは連続で聖剣をふるう。

 クルスによって何度も何度も切り刻まれて、全身が破片となって散らばった。


「もう再生しないかな? それにしても聖剣で斬っても再生するってすごいよね」

『止めを刺したらダメなのだ』

「あっ。アルさん、やっちゃいました。ごめんなさい」


 こっちを向いて謝るクルスの背後に、黒い霧が集まり始めていた。


「クルス、まだ終わってない!」

「あっ」

 クルスの背後から不死殺しの矢が降り注いだ。

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