第385話

 その建物には魔法陣がたくさん描かれている。

 おそらく、ヴァリミエが居住性を上げるために描いたのだろう。


「さすが姉上、見事な魔法陣なのじゃ」

 満足げにヴィヴィがうなずいた。


 俺はここまで案内してくれたドービィに尋ねる。


「あの建物にヴァリミエがいるのか?」

「ぎゃあ、ぎゃあ」


 ドービィは、ふんふんと一生懸命うなずいている。

 そんなドービィをティミショアラが撫でる。


「偉いのである。ドービィ」

「ぎゃ、ぎゃあ」


 やはりちょっと怖いらしい。ドービィは一瞬びくっとした。


「わらわも知らない建物なのじゃ」

「新しく作った建物なのか?」

「恐らくそうなのじゃ」

「ぎゃ」


 ドービィも返事をしてくれたが、肯定なのか否定なのかわからない。

 とりあえず、撫でておく。


「うーむ。竜の姿の我なら、入れないだろうが、巨大化したモーフィなら入れそうであるな」

「そうだな、結構でかいな」

「姉上の城よりは小さいが、衛兵小屋よりは大きいのじゃ」

「確かに小屋というには大きすぎるな」


 そんなことを話していると、

「があああああおおおおおん」

 大きな吠え声が聞こえた。多少魔力が混じっている。


 ヴィヴィとドービィがびくりとした。


 ティミが首をかしげる?

「ライか?」

「似ているが違う気がするな」

「そうであるか」


 フェムが尻尾をピンと立てながら、念話で言う。


『気がたっている声なのだ』

「ライじゃないよな?」

『それは違うのだ。あったことはないけど恐らく……』

「リイだと思うのじゃ」

「リイって、ライの嫁さんだったな」

「そうなのじゃ。もしかしたら、子獅子が生まれたばかりで気がたっているのかもしれないのじゃ」

「ああ、そうか」


 そういうことなら仕方がない。

 しばらく前、ライの嫁リイが臨月だと聞いていた。

 魔獣の獅子の妊娠期間がどのくらいかはわからないが、生まれていてもおかしくない。

 この新しい建物も、恐らく産箱がわりにヴァリミエが作ったのだろう。


「そういうことなら、近づかないほうがいいな」

「うむ。材木のことは、あとでわらわから姉上に言っておくのじゃ」

「すまない。そうしてくれ」


 動物は子供を守るために、気がたって凶暴に見えるようになるものだ。

 生まれたばかりの赤ん坊を持つ母なら特にそうだろう。

 懐いた犬や猫でも、出産直後は飼い主が威嚇されることも珍しくないという。


 人間の俺やヴィヴィ、牛のモーフィはともかく、フェムは強力な肉食獣だ。

 絶大な力を持つ古代竜のティミも恐怖の対象だろう。

 リイが警戒するのもやむをえまい。


 とりあえず俺たちは魔法陣のある建物のほうへと戻る。


「落ち着いたら、獅子の赤ちゃんを見せてもらいたいものだな」

「そうじゃな」

「りゃっりゃ」


 シギショアラも見たいのだろう。嬉しそうに羽をバタバタさせていた。


 魔法陣部屋の方にしばらく歩くと、

「ぎゃっぎゃ」

「む? ドービィどうした?」

「ぎゃあ」


 ドービィはこっちに来いというように、指先で俺の腕をつまむ。

 ついて行くと、大き目の建物に到着する。

 それを見てヴィヴィが言う。


「これはドービィの小屋なのじゃ」

「そうなのか。見せてくれてありがとう」

「ぎゃ」


 ドービィは扉を開けて、手招きする。中にも入っていいらしい。


 ドービィ小屋はグレートドラゴンのドービィが寛げるように作られていた。

 当然、中はとても広い。そして、独特の匂いがした。

 好き嫌いは分かれそうだが、俺としてはけして嫌な匂いではない。


 小屋の中に入ったドービィはゆっくり横になると、ぎゃあと鳴いた。

 俺たちにも寛げと言っているかのようだ。


 フェムやモーフィ、チェルノボクも寛ぎはじめる。

 ヴィヴィもモーフィの背に乗って、寛いでいた。


「ぎゃあ」

 俺たちが座ったのを見て、ドービィは部屋の隅に移動する。

 そして、ごそごそと何かを探すと、生肉の塊と果物をてのひらに載せて持ってきた。


「ぎゃっぎゃ!」

「くれるのか?」

「ぎゃーあ」


 どうやら、くれるらしい。ドービィなりにもてなしてくれているのだろう。


「ありがとう!」

 お礼をいって、ドービィを撫でる。


「ぎゃぎゃ」

 ドービィは嬉しそうに尻尾をゆっくり揺らした。


 貰った肉は切り分けて、シギ、フェム、チェルノボクに与える。

 俺、ヴィヴィ、ティミとモーフィは果物をもらう。

 果物は林檎や蜜柑だった。


「冬なのに果物があるんだな」

「いろんな時季に採れる果物があるのじゃ」

「そうなのか」

「それに姉上は、大きな建物の中で魔法を使って果樹園を運営していたりもするのじゃぞ」


 ヴィヴィは林檎をかじりながら、自慢げに胸を張る。

 ヴァリミエはいろいろなことをやっているらしい。

 ティミは蜜柑の皮をむいて薄皮ごと食べながら、ドービィを撫でる。


「ドービィ、うまいぞ」

「……ぎゃ、ぎゃあ」


 ティミに触れられると、ドービィは、まだ少し緊張するようだ。

 それでも、今回はびくりとはしなかったし、震えてもいない。

 だいぶ慣れたのだろう。


「りゃあ」

 肉を食べ終わったシギが、パタパタ飛んできて、ドービィの頭に乗っかる。

 そして、優しく撫で始めた。


「シギショアラもお礼を言っておるぞ」

「ぎゃっぎゃ!」


 ドービィは嬉しそうに尻尾を振った。

 それからティミはドービィの頭の上にいるシギに蜜柑を食べさせる。

 シギも嬉しそうに食べていた。


 そのときドービィの小屋の扉が開かれた。


「お、みんな、ここにおったのじゃな!」

 ヴァリミエがドービィ小屋の中へと入ってきた。

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