第384話

 トムの宿屋にはトムとケィとステフがいた。

 俺たちに気付いて、ケィが大喜びで駆けてきた。


「おっしゃん、おかえり!」

「ただいま」


 ケィはフェム、モーフィ、チェルノボクを順番に撫でていく。

 獣たちは嬉しそうだ。

 そして、最後に俺の懐から顔だけ出しているシギショアラを撫でる。


「あれ、獅子ねーちゃんは?」

「クルスは狼商会だよ。ちょっと、用事があっておじさんたちだけ戻ってきたんだ」

「そうなんだね!」

 ケィは俺の腕を右手でぎゅっとつかみ、左手でヴィヴィの腕をつかむ。


「ケィ、勉強がんばっておるかや?」

「うん!」


 トムもこっちに来た。


「ということは、アルさんたち、すぐ魔法陣で移動するの?」

「そういうことだ」


 トムとケィに勉強を教えていたらしいステフが言う。

「師匠、手伝うことありますか?」

「大丈夫、ありがとう。勉強の邪魔したか?」

「いえ、休憩中でしたから」

「そうか」


 ケィが胸を張る。


「ケィねー。足し算できるんだよーあと、字も書けるようになった」

「おお、すごいな」

「おっしゃんみてみて」


 そういって、ケィは自分の名前が書かれた紙を持ってくる。

 子供っぽい下手な字ではあるが、正しく書けている。

 四歳ぐらいの子供にしては充分だ。


「おお、すごいじゃないか」

「偉いのじゃ」

「えへへー」


 ちらりと、勉強していたらしいテーブルを見る。

 トムの勉強のあとも見えた。

 ケィよりも年上な分、勉強も進んでいるようだった。


「トムも頑張っているんだな」

「ステフねーちゃんが丁寧に教えてくれているから」

 そういって、トムは照れていた。


「ステフ、ありがとうな」

「いえ! 私も師匠に魔法をおしえてもらっていますからね!」


 ステフの尻尾が小刻みに揺れた。

 ティミショアラがケィの頭を優しく撫でる。


「子供たち、勉強がんばるのだぞー」

「わかった!」

 ケィは元気に返事をした。



 そして、俺とヴィヴィとティミと獣たちはリンドバルの森へと移動する。

 狼の仮面は忘れずに脱いでおく。


 俺とシギが魔法陣を通って、リンドバルの森に到着すると、

「ぎゃっぎゃ!」

 大喜びで、ドービィが駆けてきた。


 俺はドービィを優しく撫でる。

「ドービィ元気そうだな」

「ぎゃあ」


 ドービィはヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンだ。

 一時期、ムルグ村で療養していたこともある。


「ドービィは人懐っこいのじゃ」

 ヴィヴィがドービィのお腹辺りをペシペシ優しく叩いた。

 ヴィヴィに叩かれて、ドービィは嬉しそうだ。


 そんなことをしていると、すぐに獣たちが到着した。

 チェルノボクはフェムの上に乗っている。


「わふ」「もっも」「ぴぎぃ」


 フェムとモーフィはドービィの匂いを嗅ぐ。

 チェルノボクもフェムの頭の上に乗ったまま、ふるふるした。

 きっと匂いを一緒に嗅いでいるのだろう。


 俺と獣たちがドービィと触れ合っている途中でティミが到着した。


「ぎゃあ……、ぎゃっ!」


 慌てた様子でドービィはびくりとする。

 そんなドービィの様子を気にすることなく、ティミが優しく触れた。


「ドービィ、元気そうでなによりである」

「……ぎゃあ」


 ドービィは仰向けに転がってお腹を見せた。

 そのお腹を、ティミが撫でる。ドービィはプルプルしている。

 ドービィはティミが本能的に怖いのだ。

 最近ではだいぶ慣れた気もするが、それでもまだ怖いに違いない。

 竜属の生物にとって、竜属最強の古代竜エンシェントドラゴンは特別なのだろう。


「ティミ、ドービィは古代竜が怖いんじゃないか?」

「むむ。確かにそういうものかも知れぬ。仕方のないことだな」


 そう言ってティミはドービィから一歩離れた。

 ベルダの騎竜ジールを怖がらせたことを思い出したのだろう。

 ティミの代わりに俺がドービィのお腹を撫でてやる。


「ドービィ、ティミは怖くないから安心しなさい」

「りゃあ」


 俺がドービィのお腹を優しく撫でると、シギがドービィのお腹の上に乗る。


「ぎゃあ」

 ドービィもシギは怖くないのだろう。ムルグ村で仲良く遊んでいたのが懐かしい。

 ドービィはお腹の上に乗るシギに指先を近づけた。


「りゃっりゃ!」

 その指にシギがひしっと抱き着く。


「仲が良いようで何よりである」

「そうだな」


 ティミは満足げにうんうんとうなずいた。

 俺はドービィのお腹を撫でながら、観察する。

 以前、ドービィは魔人に捕らえられて、痩せてしまっていた。


「うん。ドービィだいぶ太ったかな。ちゃんとご飯を食べているみたいだ」


 竜は鱗も皮が厚いので痩せているか太っているか、見た目では判断が難しい。

 だが、触ってみればわかる。

 ヴァリミエにお世話してもらって、すっかり元気になったようだ。とても嬉しい。


 ティミもさりげなく俺の横からドービィを優しく触る。


「お、本当だな、」

「ぎゃぁ……」


 ドービィは一瞬だけびくりとしたが、先程のようにはふるえなかった。

 俺が怖くないと言ったのが効いたのかもしれない。

 ただ、慣れただけかも知れない。どちらにしろ、良いことだ。


 俺は落ち着いた様子のドービィに語り掛ける。


「ドービィ。ヴァリミエに会いに来たんだが、ヴァリミエはいるかな?」

「ぎゃあ」


 ドービィは起き上がると歩き出す。案内してくれるのだろう。

 シギはパタパタ俺の胸元に飛んできた。懐に入れる。


 獣たちも大人しくついてくる。

 チェルノボクは、今度はモーフィの背中に移ってふるふるしていた。


「ぴぎぴぎっ」「もっもー」

 モーフィもチェルノボクも機嫌がよい。

 リンドバルの森の緑に囲まれて気持ちがいいのだろう。


 ドービィと一緒にしばらく歩くと、開けた場所に出る。木製の建物が見えた。

 シンプルで飾り気のない建物だが、とても大きな建物だった。

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