第381話

 代官ベルダの様子を見てティミショアラが笑う。


「折角のお菓子だ。食べてやらねば、シギショアラが悲しむのである」

「そ、そうですね。いただきます」


 ゆっくりと味わうようにして、ベルダはお菓子を食べる。

 食べている途中でティミが何でもないことのように言う。


「シギショアラは我が姉、先代の竜大公の忘れ形見なのだ」

「えっ?」

「つまりは、当代の竜大公。六柱いる古代竜の大公、その一柱。我ら古代竜の忠誠を受けとる者である」


 神に近い古代竜、その君主である大公は敬意をこめて頭や匹ではなく柱で数える。

 大公以外の古代竜のことは頭で数えるか柱で数えるかはその時によるが、大公は柱だ。


「…………ごくり」

 ベルダは無言でお菓子を飲み込むと、椅子から降りてひざをついて頭を下げた。


「竜大公殿下。知らぬこととはいえ、無礼なる振る舞い、ひらにお許しください」

「りゃあ」

「シギショアラは許すと言っているぞ」

「ありがたき幸せ」


 そんなベルダに向けてティミショアラが言う。


「シギショアラはまだ雛である。我ほど強いわけではない。それゆえ一応シギショアラのことは口外しないでくれ」

「はい。肝に銘じます」


 竜大公であることが広まれば、よからぬやつが集まってくるかもしれない。

 だから信頼できそうなものにしか話さないほうがいいのは確かなのだ。


 それから、ティミはシギにお菓子を食べさせる。

 あまりにパクパク食べるので、ベルダがお菓子を追加で持ってこさせた。


「お、ありがたいぞ」

「りゃあ!」

「恐悦至極にございます」


 シギに深々と頭を下げるベルダを見てティミが少し考える。


「ふむ。……ベルダどの。シギショアラの正体はあまり明かしたくないのだ。それゆえ普通に接してくれた方がよい」

「で、ですが」


 竜大公であるシギは、神に近い古代竜の君主に当たる。

 人間の王族でも敬意を払わなければならない相手だ。


「そのほうがシギショアラも喜ぶ」「りゃあ」

「そういうことでしたら……」


 ティミはシギにお菓子を食べさせながら言う。


「ベルダどのは、竜が好きなのであるか?」

「そうですね。私は竜騎士団の一員でもありますし」

「竜騎士団か。話には聞いたことはあるのだが、普通の騎士団とはどう違うのだ?」

「竜騎士団は竜騎士、つまり竜に騎乗する騎士による騎士団なのです」

「なんと……。竜に騎乗するのか」


 ティミが感心したようにいう。


 だが竜を使役するということをティミが不愉快に思うのではと考えたのだろう。

 ベルダは慌てた様子で弁解する。


「も、もちろん竜と言っても古代竜とは全くの別種でありますゆえ……」

「ふむ?」


 ティミはベルダが慌てた理由がわからないようだ。

 何を当たり前のことを言っているのだろうか?

 ティミはそう思っているに違いない。

 古代竜と他の竜は、同じ竜属と言っても全く違う。

 牛と人間が同じ哺乳類でも全く違うのと同様だ。


 ティミはシギを撫でながら言う。


「ベルダどのは竜騎士団にいたから、竜が好きなのだな」

「その通りです。それに今でも一応騎士団の所属ではあるのです」

「竜騎士団をやめて、かわりに代官になったのではないのか?」

「竜騎士団に籍だけおいてある状態ですね」


 つまりベルダは今でも名目上竜騎士団の副団長ということだ。

 ティミがヴィヴィの方を見る。


「竜に騎乗しているというと、ヴァリミエみたいなもんであるな?」

「姉上はライにばっかり乗って、ドービィには滅多に乗らないのじゃ」


 ヴィヴィはそういうが、今のライは嫁さんが妊娠中なので忙しい。

 恐らくドービィに乗っているに違いない。


「そうなのか。そういえば、いつもライに乗っておる気がするのだ」


 ドービィとはヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンである。

 そして、ライは巨大な獅子だ。


 ベルダが少し気になったようで尋ねてくる。


「ヴァリミエとおっしゃる方は一体どなたですか?」

「グレートドラゴンを可愛がっている魔導士であるぞ。ベルダどのには、リンドバル子爵といった方がわかりやすいか?」

「あ、リンドバル子爵閣下なら存じております。で、ですがグレートドラゴンを使役されていらっしゃるとは知りませんでした」

「あいつは魔導士として凄腕なのだ」

「リンドバル子爵閣下が高位の魔導士だというお噂はきいておりましたが、それほどとは」


 ベルダは心底感心していた。

 ティミは不思議そうに首を傾げた。


「竜騎士団の騎士たちは、皆グレートドラゴンとかに乗っておるのだろう?」

「いえ、グレートドラゴンを騎竜にするのはとても難しいので……」

「ふむ? ではどんなドラゴンに騎乗しておるのだ?」

「ほとんどの騎士の騎竜はワイバーンです。一部の者がレッサー、さらにわずかなものがエルダードラゴンですね」


 ワイバーンは竜の中でも弱い部類だ。だが、飛ぶ速さはかなりのものだ。

 レッサーも下級の竜だがワイバーンよりは強い。

 エルダーは成竜ともよばれ、成長した立派な竜だ。上位の竜に分類されることが多い。

 もっとも、エルダードラゴンは、グレートドラゴンよりもだいぶ弱くはあるのだが。

 そして、古代竜はグレートドラゴンよりはるかに強い。


「ベルダどのの騎竜は?」

「エルダードラゴンです」

「ほう。大したものだな」


 ティミはうんうんと頷いていた。

 ベルダは竜騎士団の中でも特に優秀なのだろう。

 二十代で副団長まで昇進しただけのことはある。


 その後会話した結果、ベルダは騎竜をエルケーにも連れてきていることが分かった。


「エルダードラゴンがおるのだな? あってみたいものだ」

「お会いになられますか? 今からでもご案内させて……」

 ティミとベルダは竜の話で盛り上がっていた。

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