第380話

 ベルダは雑談のような雰囲気で、重要な情報を聞き出すのがうまいようだ。

 美味しいお菓子の話から、物流の話などに移る。

 それから、お菓子を一緒に食べたものの話題から孤児の話に移った。


「なんと、狼商会は孤児を保護して教育を与えてくださっているのか」

「そんな、大げさな話ではないです。お手伝いしてもらっているだけで……」

「謙遜せずともよい。なにか不便なことがあったら、私も手助けしよう」

「ありがとうございます」


 孤児の話から、チンピラたちの話になったり、空き家の話になったりした。

 一通り話し終わると、ベルダは大きく息を吐いた。


「国王陛下からエルケーの街の代官を命じられたときは、覚悟したものだが、多くの問題が解決に向かっているようだな」


 そして、ベルダは深く頭を下げた。

 王族が平民相手に深く頭を下げたことにミリアが驚き、慌てて言う。


「代官閣下! 急にどうなされたのですか」

「感謝する。そなたたちがいなければ、エルケーの民が何人亡くなっていたかわからぬ」

「私たちは出来ることをしただけで……」

「なかなか、出来ることではない。これからもよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そしてベルダはティミショアラを見る。

「ティミショアラ子爵閣下。改めてよろしくお願いいたしますね」

「うむ。話した限り、我もそなたのことは嫌いではないようだ。今後ともよろしく頼む」

「ありがとうございます」


 そしてティミは一瞬首をかしげて考えた。

「ふむ」

「どうされました?」

「いや、なに……。アルラ良いだろうか?」


 このタイミングで俺に尋ねるということは、シギショアラのことだろう。

 シギショアラを代官に紹介していいか尋ねているのだ。

 もちろん俺に尋ねるということは、ティミは紹介していいと判断したということだ。


「ティミショアラ子爵閣下のお考えの通りに」

「うむ。そうか」


 俺の許可をもらって、ティミが笑顔になる。


「シギショアラ。出てきても良いぞ」

「りゃ」


 シギが俺の懐から顔だけ出す。首をかしげていた。


「シギショアラ。叔母さんのところにおいで」

「りゃあ」


 シギはもぞもぞ這い出ると、ティミのところまで机の上を走っていった。

 そしてティミの腕に抱かれる。


 それを見て、ベルダは固まった。

「な、なんと! なんと……。なんという……」

 急にベルダは語彙力が乏しくなったようだ。


「なんという、あ、愛らしさだ……」


 ベルダは、シギ以外目に入っていない様子だ。

 シギは可愛いので、そうなっても仕方がない。


「シギショアラ。お菓子を食べさせてやろう」

「りゃむりゃむ」


 ティミがお菓子を口元に持っていくと、シギはおいしそうに食べた。

 お話をしている間、ずっと我慢していたのだろう。パクパク食べている。


「シギショアラ、お茶も飲むか?」

「りゃあ」


 ティミがシギの前に自分のカップを置いた。

 シギは嬉しそうにカップを両手で抱えるようにして飲む。


「ほら、こぼれているぞ」

「りゃあ」


 シギの口の端から少しだけこぼれたお茶を、ティミが嬉しそうに拭いた。

 代官ベルダは、そんなティミとシギをじっと見つめながら言う。


「ティミショアラ子爵閣下、こ、この方は……竜の赤ちゃんでございますか?」

「うむ。我が姪、シギショアラであるぞ」

「なんと……古代竜の雛でございましたか……」


 ベルダの口は少し開けたまま、シギをじっと見つめ続けている。

 ベルダの口からよだれがこぼれて、慌てて拭った。

 そんなシギにティミはお菓子を食べさせる。


「りゃむりゃむ」

「シギショアラうまいか?」

「りゃぁ」


 その様子を見ていたベルダが言う。


「ティ、ティミショアラ子爵閣下!」

「む? どうしたのであるか?」

「その、姪御どのを私にも触らせてはいただけないでしょうか」

「ふむ。アルラ、どう思う?」

「シギショアラがよいというのなら」


 そういうと、ベルダは一瞬だけ俺の方を見た。

 ティミは気にする様子もなく、シギに優しく語り掛ける。


「シギショアラ。どうであるか?」

「りゃあ」


 シギは機嫌よく鳴いた。羽を数回バタバタさせる。


「シギショアラは良いと言っておるぞ」

「あ、ありがとうございます」


 恐る恐るといった感じで、ベルダはシギに手を伸ばす。

 そして、優しく背中を撫でた。


「ふわぁ。あったかいです」

「りゃあ」


 シギは背中を撫でられながらもお菓子を食べていた。

 ごくりとお菓子を飲み込むと、ベルダの指をひしっとつかんだ。


「ふぁっ」

「りゃあ?」


 そして、シギはベルダに向かってお菓子を差し出す。


「くれるのですか?」

「りゃあ」

「あ、ありがとうございます」


 ベルダはまるで高価な宝物かのように、お菓子を受け取る。

 このままでは、一生宝物として保管しそうな勢いだった。

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