第382話

 シギショアラがお菓子を食べ終わるのを見計らってティミショアラが言う。


「ベルダどの、ぜひそのエルダードラゴンに会わせてほしいが、可能か?」

「もちろんです。すぐにご案内いたしますね」


 それから俺たちは代官の案内で竜舎へ移動した。

 竜舎と言っても、元々あった馬用の厩舎の横に張り出す形で屋根を付けただけだ。

 壁はないので風雪はほとんど防げなさそうだ。

 前代官は竜に騎乗していなかったので、用意がないのだろう。


 ベルダの姿を見つけると、竜は嬉しそうに尻尾を動かす。

「がぁ」

「よしよし。この子はジールというのです」

 ベルダはジールを優しく撫でる。

 竜舎を眺めていたティミショアラが言う。


「壁がないではないか。これでは寒いのではないか?」

「はい。大急ぎで手配しているのですが……」


 大工も資材も足りていないようだ。

 エルケーにも大工はいる。だが、他に優先的に直さねばならぬものがあるのだろう。


「私としても可哀そうなので先に竜舎を整えてやりたいのですが、エルケーの壊れた門や橋より優先は出来ません」

「それもそうであるか」


 代官としては民の生活を優先せざるを得ないのだろう。

 それにエルダードラゴンなら、冬の寒さの中でもそうそう死ぬことはない。

 それでも寒いのは変わりない。可哀そうだ。


「むむう」

 呻くようにいいながら、ティミはジールの竜舎をじっくり見る。

 俺の懐に入っていたシギショアラが、顔を出した。


「りゃあ」

 そしてジールに向けて手を伸ばす。興味を持ったのかもしれない。


「ジールとお友達になりたいのか?」

「りゃあ」

 俺はシギを懐からだすと、抱いたままジールの鼻先へと近づけた。


「が……」

 ジールは尻尾を股の間に挟んだ。後ずさりするが、竜舎は狭い。壁に当たる。

 シギに怯えているようだ。怯えさせたら可哀そうだ。


「まだ緊張しているみたいだね。遊ぶのはまた今度な」

「りゃあ」

 俺は懐にシギをしまう。シギも怯えられたことが分かったのか大人しくなった。

 少ししょんぼりしているのかもしれない。

 服の上からシギをやさしく撫でてやる。


 一方、ベルダは 慌てた様子で、ジールを落ち着かせようと撫でる。

「ど、どうしたのだ? ジール! 勇敢なジールが尻尾を股に挟むなど、こんなことは初めてだ」


 俺はベルダに尋ねる。

「いつもは勇敢なのですか?」

「はい。ジールは格上の魔獣相手にも、まったく臆することのない勇敢な竜なのです」


 それを聞いたティミがジールに近づいてそっと撫でる。


「ジールは勇敢であるか。我もシギショアラも、まったく怖くないので安心するがよいぞ」

「……がっ」

 震えるジールにティミはやさしく微笑んだ。


「ほら、怖くない怖くないのだぞ」

「ぁ……ぁぁ」

 ――じょばあああああ


 ティミは優しく声をかけながら撫でたが、ジールは小さく呻いて盛大に漏らした。

 さすがはエルダードラゴン。出す量もかなりものだった。


「ティミ、やめてあげなさい」

「そ、そうであるな。申し訳ないことをした」


 ここまで怯えられると思っていなかったのだろう。

 ティミがきまりの悪そうな表情をして、ジールとベルダに頭を下げた。


「い、いえ。子爵閣下は悪くありませぬ。ジールの本能なのでありましょう」

「いや、我の配慮がたらなかったのだ」


 ティミが謝っている間、ヴィヴィがジールを優しく撫でる。


「気持ちはわかるのじゃ。古代竜エンシェントドラゴンの圧は半端ないのじゃ」

 ヴィヴィは心底同情している様子だ。


「……がぁ」

「だが、慣れるしかないのじゃ。わらわも慣れるために苦労したのじゃぞ」


 ヴィヴィがジールを慰めている。

 ヴィヴィもフェムの吠え声に漏らさないで耐えられるようになるまで苦労していた。

 耐えられるようになるために、ティミの吠え声を浴びる訓練などをしていたのだ。


「わらわも今は耐えられるようになったのじゃ。お主もすぐになれるのじゃ」

「がぁ」


 ヴィヴィのことは怖くないのだろう。ジールは落ち着いたようだった。

 ティミは俺の方を見て言う。


「アルラ。ジールのために竜舎を整えてやりたいのだが、なんとかならぬかのう?」

「りゃぁ」

 ティミもシギもジールに悪いことをしたと思ったのだろう。

 怯えさせたお詫びのつもりなのだ


「土地さえあれば、いくらでも……」

 俺がそういうと、ティミが嬉しそうにうなずいた。


「そうなのか。さすがアルラだ! ベルダどの。竜舎を建てるにちょうどよい土地はないか?」

「あ、はい、もちろんございますが……。大工の数も資材も足りないのですが……」

「土地があるならば、アルラに任せておくがよい」


 ティミは自信満々に言った。

 ベルダはよくわかっていなさそうだったが、竜舎を建てても良い場所を教えてくれた。

 その場所は代官所のすぐ近くにある昔の貴族の屋敷の跡地だった。

 屋敷が廃墟になった理由はわからない。

 恐らく、自称魔王の悪だくみか、先代魔王と俺たちの戦いかどちらかだろう。



 俺たちは跡地を確認してから狼商会への帰路についた。

 その途中、ミリアに尋ねる。


「竜舎建築の資材なんだが、リンミア商会で仕入れることって可能か?」

「それは可能ですけど……。アルさん、自腹で購入されるのですか?」

「そのつもりだ」

「待つのだ、アルラ。その費用は我が出すのである!」


 それを聞いていたヴィヴィが言う。


「木材で作るなら姉上から仕入れればいいのじゃ」

「そういえば、ヴァリミエは林業やってたな」

「そうじゃ! 森を維持するためには、間伐を適度に行わなければいけないからのう」

「じゃあ、ヴァリミエに頼むかな」

「それがよいのじゃ!」


 そんなことを話しているうちに狼商会につく。

 中に入るとクルスとタントや子供たちが待っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る