第367話

 それから、少し歩いて魔獣捕獲用の檻のところに到着した。

 エルケーの冒険者ギルドには大き目の魔獣を入れる檻は三つあった。

 とてもきれいで、まるで新品のようだった。


「檻の隙間も充分狭いし、人を閉じ込めることはできるな」

「綺麗ですねー」

『鉄の臭いしかしないのだ』


 檻の臭いを嗅いでいたフェムがそんなことを言う。


「自称魔王のせいで、冒険者ギルドが機能していなかったからな」

「アルフレッドさんのおっしゃる通りです。とはいえ、これから魔獣捕獲のクエストが入るかもしれませんし……」

 ギルドマスターとしては、檻を全部ふさぎたくはないのだろう。


「じゃあ、二つだけ使わせていただきましょう」

「一つ残していただけるのは、すごくありがたいです」


 俺が檻を眺めていると、クルスが言う。


「仕切りを入れて、ヴィヴィちゃんに頼んで防音の魔法陣を刻めばいい感じになりそうですね!」

「仕切りの素材を集めて、簡単な工事をすれば、なんとかなるな」

「アルフレッドさん。言いにくいのですが……」


 ギルドマスターとしては、檻を改造してほしくないらしい。

 確かに魔獣を入れるなら仕切りなど邪魔なだけだ。


「それに、エルケーの街には資材自体が……」

「ああ、たしかに……」

 これから閉じ込める御用商人。まさにその者のせいで、物資が不足しているのだ。


「それもそうですねー。じゃあ、代官所の隣にあるという牢屋を使いましょうか?」


 クルスの言葉に、ギルドマスターが驚いて言う。

「あれって、使ってもよろしいのですか?」

「もちろん本来はだめだと思うけど……、事態が事態だし。代官が来たらルカにお話に行ってもらえば何とかなると思う!」

「それは、そうかもしれませんが……」


 ギルドマスターもルカの交渉能力を信頼しているようだ。


「いまは代官どころか、官僚たちが一人もおりません。管理が大変です。見張りもおりませんし……」

 食事を運ぶ人間は適当に雇えばいいだろう。だが、見張りはそうはいかない。


「それなら大丈夫だよ! ね、アルさん」

「まあ、大丈夫だろうな」

「本当ですか?」

「俺が魔法で鍵をかけておけば、普通の魔導士には開けられません。破壊も難しいでしょう」

 仮に檻をこじ開けることが出来るならば、御用商人どころではない脅威だ。


「尋問が終わり次第、牢屋に放り込むことにするか」

「そうですね、あ、マスター。冒険者に牢屋番の依頼とかできないかな? 夜か朝に一回食事運んでくれる程度でいいんだけど……」


 食事のたびに運ぶ必要はない。二食分運べばよいのだ。


「もちろん可能です」

「じゃあ、それでお願い!」


 とはいえ、勇者クルスの名義で依頼を出すわけにはいかない。

 お金はクルスが出して、ルカ名義で依頼を出すことになった。


 俺たちは一旦全員のもとに戻って言う。


「ヴィヴィ、ついて来てくれ、代官所の牢屋を整備したい」

「任せるのじゃ!」

「ルカ、ユリーナ、尋問任せて大丈夫か?」

「もちろんよ。あ、フェムちゃんに手伝ってもらいたいわ」

「わふ?」


 フェムは大きいので迫力があるのだ。

 フェムが唸るだけで、口を割るだろう。


 そして、俺とヴィヴィは冒険者ギルドを出て、牢屋に向かう。

 モーフィがついて来てくれた。外は雪が降っていた。


「もっもー」

「りゃっりゃー」


 雪が楽しいのかモーフィが機嫌よく鳴く。俺の懐の中でシギショアラも鳴いた。

 モーフィの背中に乗ったヴィヴィが言う。


「牢屋の整備とは意外なのじゃ。何の魔法陣を描いてほしいのかや?」

「防寒、防音、耐衝撃、耐火とかかな?」

「防音、耐衝撃はわかるのじゃが……。防寒もいるのかや?」

「代官が到着する前に死なれたら困るからな」

「ふむふむ。それもそうじゃな」

「もぅもぅ」


 牛の被り物をかぶったまま、ヴィヴィはうんうんと頷いている。

 モーフィも一緒にうんうん頷いているのが少し面白い。


 牢屋に向かう途中、雪が降る中、商店に人が集まっているのが見えた。

 早速、狼商会から卸された商品を売りだしているようだ。


「人が集まっているってことは、それなりに安い値段で売りに出してくれたんだな」

「ぼったくりしたら狼が怖いのじゃ」

「それなら、脅した効果があったというものだ」


 一応遠くから値段などを見てみたが、常識的な値段で売られていた。一安心である。


 さらに少し歩いて、代官所が見えた。

 代官所のすぐ横に罪人を閉じ込めておく施設があるのだ。


「ここかや?」

「そのはずだ。とりあえず中に入ってみよう」


 俺を先頭にして中へと入る。

 中はかなり汚れていた。しばらく管理もされずに放置されていたようだ。


「掃除したほうがいいかもしれないのじゃ?」

「いや、それはしなくていい。数週間で代官たちがやってくるし任せればいい。とりあえず、魔法陣で補強しよう」

「わかったのじゃ」

「もっも!」

 モーフィは周囲の臭いを一生懸命嗅いでいる。

 突然大きな声で鳴く。


「も!」

「どうした? モーフィ」

『ひといる』


 どうやら牢屋に先客がいるようだった。

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