第368話
モーフィの言葉にヴィヴィが驚いて言う。
「代官がとらえていた奴、いや代官がゾンビだったから自称魔王に捕まえられていた奴が残っておったということか?」
「いや、一応代官を保護……じゃないな」
残念ながら保護できなかった。すでにゾンビになってしまっていたからだ。
ゾンビになった代官を捕縛というのが、言葉としては一番正しい気がする。
だが、代官は被害者。捕縛という言葉を使いたくはない。少し言葉を選ぶ。
「代官を王都に連れていくときに確認はしてある。牢屋は空だったぞ」
「ふむう?」
「そもそも牢屋に捕らえられている人いたら、さすがに水がなくて死んでるだろう」
「もっもっ!」
モーフィは走り出す。そして大き目の木の収納箱のふたを鼻で器用に開けた。
「わぁぁ、ごめんなさいごめんなさい!」
ぼろぼろの服を着た痩せた魔族の子供が中に入っていた。
髪もぼさぼさで、異臭が漂ってくる。トムとケィの間ぐらいの年齢に見える。
そんな子供の臭いをモーフィはふんふん嗅いでいる。
「怯えなくていいぞ。ここで暮らしていたのか?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! すぐ出ていきますから、ごめんなさい」
ものすごく怯えている。連れてきたのがフェムじゃなくてよかった。
知らない人の中には、フェムを怖がる人も多いのだ。
「お腹すいてそうじゃな。これでも食べるとよいのじゃ」
「寒いだろう。これを着ておきなさい」
俺とヴィヴィはほぼ同時に動いていた。
ヴィヴィは持っていたお菓子を差し出す。俺は着ていたローブをかけてやる。
飢えて凍えている子供は保護しなければならない。
「ふぇ?」
「いいから、食べてよいのじゃ」
そういって、ニコッとヴィヴィが優しく笑う。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
その子供は、ばくばくばくとお菓子を食べた。
「寒かったら言えよ」
「ありがとうございます。あったかいです。すごくあったかいです。ありがとうございます」
子供は何度も何度もお礼を言う。そんな子供をモーフィが鼻先でふんふんしていた。
お菓子と水を与えて落ち着かせた後、ヴィヴィが尋ねる。
「そなたは、ここで何していたのじゃ?」
「ごめんなさいごめんなさい。」
「いや、怒っていないし、叱ったりもしないから、安心しなさい」
「……」
子供は恐る恐るといった感じで俺たちを見上げる。
「名前はなんというのじゃ? 親はおるのかや?」
「おれはタントっていうんだ。親はいないよ」
それからタントは、怯えながらも説明してくれた。
「えっと、雪が降ってきたから……」
家のないタントはごみを食べつつ、廃屋の軒下などで暮らしていたらしい。
だが、雪が降ってきてあまりにも寒いので、作りのしっかりした牢屋に来たのだ。
「廃屋よりは暖かいのは間違いないのじゃ」
「それに木箱の中に入れば、さらに風も防げるな」
「勝手に入り込んで、ごめんなさい」
「それは構わないぞ。あとでついてきなさい。ちゃんとした宿を用意しよう」
「え……?」
俺の言葉に少し怯えたように見える。俺たちを人買いだと疑っているのだろう。
よほど、過酷な状況を生き延びてきたに違いない。
だから安心させるために、優しく言う。
「俺たちは人買いじゃないから安心しなさい」
「……はい」
言葉だけでは信用できまい。あとで行動で安心させてやればいい。
「ヴィヴィ。やる事やって、さっさと戻るぞ」
「わかったのじゃ!」
俺とヴィヴィは本来の目的である牢屋の強化をすることにした。
そして、モーフィはタントの横にそっと寄り添う。モーフィに任せれば安心だ。
「中から逃げられないようにするのは当然だが、外から逃がすことも出来ないようにしないとな」
「そうじゃな!」
「一応、口封じで殺されないように防御もしっかりしとかないとな」
「それで防寒、耐火なのじゃな?」
「そうそう」
まとめて口封じする一番簡単な方法の一つは火をつけることだろう。
事故に見せかけるのも簡単だ。
それが無理となれば凍死させることを考えるかもしれない。
凍死も管理が悪かったせいにしやすい。口封じしたいものにとっては都合がよい。
「さらに黒幕がいたら、の場合だがな」
「アルは心配しすぎだと思うのじゃ」
そう言いながらも、ヴィヴィはてきぱきと魔法陣を刻んでくれた。
その間、ずっとモーフィはタントの横に寄り添っている。
タントも最初はモーフィに怯えていたが、少しずつ慣れたのだろう。
優しく背中を撫でるようになった。
魔法陣を刻み終えたヴィヴィはどや顔で言う。
「どうじゃ?」
「素晴らしい」
俺も魔法で入り口に鍵などを取り付けていく。
魔法で防御力を補強したりもした。
「これで、中からはもちろん外からも脱獄させるのも難しくなったな」
「もっも!」
モーフィも立ち上がり牢屋の檻に角をカンカンぶつけて強度を確かめてくれた。
代官到着後のために鍵も作っておく。鍵はギルドマスターに預けておけばいいだろう。
最後にもう一度チェックして、作業は終わった。
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