第362話

 シギショアラのスプーンを注文し終わると、クルスたちがやってきた。

 ユリーナとミリアも一緒だ。


「アル、お母さまと、いったい何をしていたの?」

「シギのスプーンを注文してたんだ。そんなことより商品の仕入れは終わったのか?」

「ばっちりですよ!!」


 クルスがシギの頭を撫でながら答えた。

 俺たちはユリーナの母や商会の人々にお礼を言って、エルケーに向かった。

 そのころには日が暮れてだいぶたっていた。


「今日はもう遅いので、明日売りに行きましょう!」

「ミリアはどこで眠るのだわ?」

「どこでとは?」

「ムルグ村と、エルケーの街と、王都があるのだわ」

「私は普段からエルケーで過ごそうと思っています。そのほうが雰囲気がわかりますからね!」


 俺たちはミリアを置いて、ムルグ村に戻った。

 次の日の朝、俺たちがエルケーに行こうとしたら、ルカが言う。


「私も行くわね」

「冒険者ギルド関連か?」

「まあ、そんなところ」


 ルカは冒険者ギルドのお偉いさんだ。色々仕事があるのだろう。


 俺たちはぞろぞろと、エルケーに向かう。

 クルス、ユリーナ、ヴィヴィに、ルカ、そして、フェムとモーフィだ。

 いつものようにシギもいる。


 トムの宿屋にはレア、レオ、ステフ、ミリアにトムとケィの兄妹がいた。


「じゃあ、あたしは冒険者ギルドにいくから。なにかあったら冒険者ギルドに来てね」

「了解」

「ルカさん、せっかくなので一緒に行きましょう!」

 ルカはレオとレアの兄妹と一緒に、冒険者ギルドに向かった。


 そして、ミリアは張り切って言う。

「さて、売りに行きましょう!」


 ステフ、トム、ケィを宿屋において、俺たちはエルケーの商業エリアに向かう。

 道中、ユリーナが言う。


「そういえば、今日は自称魔王の御用商人が来る日なのだわ」

「もちろん知っています。あえて、ぶつけます!」


 隣で安い値段で売れば、御用商人からは誰も買うまい。

 そうやって、御用商人に経済的ダメージを与えるつもりだろう。

 激昂して暴力に訴えてくれば、後は俺が何とかする予定だ。


 商業エリアに到着すると、クルスが大きな声で呼びかけた。

「狼商会が商品を卸しに来たよー。お店出している人たちはみんな仕入れに来てねー」

 ちなみにクルスは獅子の被り物をかぶっている。

 俺は被り物をかぶらず、ヴィヴィは牛の被り物をかぶっている。


 クルスが呼び込みをする横で、ミリアはいそいそと看板を立てる。


「ミリア、それは?」

「昨晩あれから作りました」

 看板にはきれいな字で、卸業者狼商会と書かれていた。


 エルケーの街は商品が不足している。

 だから、商人たちは狼商会に我先にと駆けつけると思っていた。

 だが、そんなことはなかった。


 商人たちは、少し遠巻きにこちらを眺めるだけだ。

 それを見て、クルスが言う。


「あれ? 買いに来ないの? おかしいなぁ。もっと買いに来てくれると思ったのだけど」

「ひっ」

 クルスの言葉で、慌てたように商人が走ってきた。


「あ、買ってくれるんだね!」

「へ、へい! ですが……なにぶんお金が不足していて……あまりたくさんは……」

「ご安心ください、狼商会は良心的ですから」


 ミリアが笑顔で言って、商人たちは顔を引きつらせていた。

 それを見て、ユリーナが俺の耳元で言う。


「完全に、クルスがみかじめ料を回収しに来たと思ってるのだわ」

「そうか?」

「いままでの状況を考えれば、それも仕方ないことなのじゃ」

 ヴィヴィはうんうんと頷いた。


「安い値段で売れば、誤解もとけるのだわ」

「そうだな」


 俺はミリアの前に並ぼうとしている薪商人に気が付いた。

 エルケーの市場調査をしたとき、聞き込みに協力してくれた店主だ。


「よう。この前は助かった」

「へ、へい。旦那さまがたのお役に立てたのなら、光栄です」

「薪も良心的な値段で売るから安心してほしい」

「へい」


 薪商人は、こちらをあまり信用していなさそうだ。

 いま誤解されていても構わない。値段を聞けば安心するだろう。


 薪商人以外の商人も青い顔をして並んでいる。とても小さな声で会話していた。

 魔法で聴力を強化して聞き取ってみた。


「なんで今日なんだよ。今日って、例の奴から仕入れないといけない日じゃねーか」

「困ったな。狼から買ったら、仕入れる金がなくなるぞ」

「だが、狼ってダミアンを痛めつけた奴らだろう? 仕入れないと殺されるかもしれねえ」

「本当に困った」


 本当に不安そうだ。

 俺は商人たちを安心させるために大き目の声で言った。


「自称魔王の御用商人が、無理やり買えと言ってきても気にしなくて大丈夫ですよ」

「……そうはいっても」

「狼が責任をもって対処しますからねー」


 それを聞いていた商人が小さな声で言う。


「つまり例の奴から守ってほしければ、俺たちから仕入れろってことだな」

「ああ、みかじめ料を払う相手が変わるってことだろうな」

「こうなったら、狼に勝ってもらうしかないな……」


 商人たちが恐れているのは、みかじめ料を二重にとられることだろう。

 その時、先頭の商人が声を上げた。


「え? そんなにお安くていいんですか?」

 その声を聞いて、並んでいた商人たちがざわめいた。

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