第361話

 市場調査が終わった頃には、夕方になっていた。

 トムの宿屋にトム、ケィ、ステフを置いて、俺たちは王都に向かう。

 俺とヴィヴィはそれぞれ狼と牛の被り物をかぶっておいた。


 ミリアと一緒にリンミア商会に行って、商品を仕入れるためだ。


「狼さま、よくぞおいでくださいました。伯爵閣下も……」

 いつもと同じように番頭が歓迎してくれた。


「今回は仕入れに来たのだわ」

「お話は、おうかがいしております。どうぞこちらへ」


 いつものユリーナ父の会長室ではなく、商談用のスペースに案内される。

 そこからはミリアとクルスが中心になって話を進めた。

 必要な物資を把握しているミリアと、金を出すクルスは真剣だ。


 俺としては交渉はクルスとミリア、それにユリーナに任せるつもりだ。

 だから、少し席を離れて店頭を見て回ることにした。

 暇そうだったヴィヴィとモーフィ、フェムも付いてくる。


「なにか買うのかや?」

「シギに適したスプーンを探してみようと思ってな」

「りゃ」

 俺の懐の中で、シギショアラが鳴いた。


「そうかや。わらわも探してみるのじゃ」

「頼む」

 俺とヴィヴィは、シギが使いやすそうなスプーンを探す。

 だが、スプーンは普通の食器セットなどについているものしかなさそうだ。


「シギのスプーンとして使えそうなものはあまりないのじゃ」

「そうだなー。小さいスプーンはすくう部分が小さいし」

「ふむう」


 そんなことを話していると、

「あら、狼さん、ユリーナと一緒じゃないのね」

 ユリーナの母がやってきた。

 アルフレッドだと隠しているので、狼さんと呼んでくれている。


「わふう」

「フェムちゃんは相変わらず可愛いわ。モーフィちゃんも」


 狼さんという言葉に反応したフェムを、ユリーナの母が撫でまくる。

 ついでにもう片方の手ではモーフィを撫でまくっていた。


「ユリーナさんは、クルスやミリアさんたちと一緒に商談中です」

「あら、狼さんも商談お得意でしょう?」

「いえいえ、そんなことは」

「まあ、謙遜なさるのね」

「いえ、謙遜ってわけでは……」

 ユリーナの母は俺を過大評価している気がする。


「ヴィヴィちゃんも、遊びに来てくれたのねー」

 ユリーナの母はヴィヴィの頭を撫でていた。

 とくにヴィヴィも嫌がっていない。


「もしお暇なら、あっちでお話しでもしましょ? お菓子もあるわよ」

「りゃ?」


 お菓子という言葉に反応して、シギショアラが鼻先だけ出した。

 一応、シギも姿は見られないように気を付けてはいるようだ。

 鼻先だけなら、ただのトカゲかなにかに見えなくもない。


「お言葉は嬉しいのですが、実は探しているものがあってですね」

「ふむふむ?」

「シギが最近スプーンを使うようになったのですが、普通のスプーンだと大きすぎるんですよね」

「そうだったのね。それなら……」


 少しユリーナの母は考える。

 そして、明るい笑顔になった。


「まあ、とりあえず、お菓子でも食べながら考えましょう」

「わふ」

「もぅも」

「りゃ」


 獣たちは嬉しそうだ。

 それを見ながらユリーナの母は微笑んだ。


「シギちゃんの体の大きさや手の大きさも知りたいわ」

「そうですね、それではお言葉に甘えさせていただきます」


 俺たちは裏の方にある応接室に通された。

 お菓子を運んできた店員に、ユリーナの母が言う。


「スプーン的なものをなるべくたくさんの種類持ってきて欲しいの」

「かしこまりました」


 シギは両手でクッキーをつかんで食べている。


「りゃむりゃむ」

「ケーキもあるわよ」

「りゃあ」


 クッキーを食べ終わった後、シギはスプーンを両手でつかむ。

 ケーキはスプーンで食べたいらしい。


「やっぱり大きすぎるわねー」

「体は小さいのですが、食べる量は結構多いんです。なので……」

「なるほど、ティースプーンのようなものでは、時間がかかって困るわね」

「そうなのです」


 食べているシギの腕の長さや手のひらの大きさ、体長などをヴィヴィが測っていた。

 裁縫が得意なヴィヴィは長さを測る道具も常に持っているらしい。


 そうこうしているうちに、店員が大量のスプーンを大きなお盆に乗せてやってきた。

「いま店舗にあるものは、これがすべてです」

「ありがとう、取り寄せたら、もっとあるのよね?」

 ユリーナの母が笑顔で店員に尋ねた。


「あります。ですが、いま売られているスプーンの大きさはここに一通りそろっています」

 取り寄せられるのは、大きさは同じでデザインが違うものだったりするのだろう。


「ありがとうございます。助かります」

 俺は店員にお礼を言った。

 狼の被り物をかぶったままお礼を言うのは失礼な気もするが仕方がない。


「シギ、使いやすいのあるか?」

「りゃあ?」


 シギはスプーンを手に取っていく。

 俺はスプーンのうちの一本を手に取る。短めのティースプーンだ。


「柄の長さ的には、これぐらいの奴が使いやすいか?」

「りゃあ」

 シギは片手で持って器用に動かす。


「このスプーンのすくう部分を大きくすればいいのかな?」

「りゃ!」

「じゃあ、それで一旦作ってみましょうか」

「お願いします」


 とりあえず、シギのスプーンは何とかなりそうだ。

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