第363話

 クルスが機嫌よく言う。


「もちろんだよー。安心して買っていってね」


 獅子の被り物をかぶっているので、表情はわからない。

 だが、声で笑顔なのがわかる。


「じゃあ、これだけ……」

 商人が遠慮がちに買いたい数を告げる。


「それだけでいいの?」

「はい。手持ちの現金が……。昼ごろに例の商人が来るので、その代金を残しておかないと殺されてしまいますし」

「そっかー」


 クルスは少し考える。


「自称魔王の御用商人に、なにか文句言われたら、ぼくが対処するって言っても不安だよね」

「も、申し訳ありません。獅子さまを信用していないわけでは……」


 クルスは獅子の被り物をかぶっているので獅子さまなのだろう。


「狼商会だから、ぼくのことは狼さんでいいよー」

「え? ですが」


 商人は混乱しながら、フェムとクルスを交互に見る。


「で、では、狼の獅子さまで」

 きっと牛の被り物のヴィヴィは狼の牛さまなのだろう。


「みんなの不安はわかるから、代金は明日でいいよ」

「よ、よろしいのですか?」


 すかさずミリアが言う。


「言っておきますが、明日にはきちんと取り立てますからね?」

「もちろんでございますとも」

「ちゃんと支払える分だけにしてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 先頭の商人がミリアから商品を買っている一方で、

「どうやら、安いらしいぞ」

「いや、あのセリフをそのまま信用したら、やべーだろ」

「……それもそうだな」

 並んでいる商人の中には信用していないものも沢山いるようだった。


「まあ、今までの惨状を考えれえば、信用できないのもわかるな」

 俺がそういうと、

「仕方ないことじゃ」

「もっも」

「りゃあ」

 ヴィヴィとモーフィが同意してくれた。

 シギショアラも懐から鼻先だけ出して鳴いた。


 販売する際、商人たち一人一人に、クルスが言う。


「ぼったくりしたら、だめだよー」

「も、もちろんでございます」

 ちなみにフェムはクルスの真横にいる。ただ座っているだけで威圧感が凄い。


 商品販売の八割がたが終わった頃、

「ここで何をしているのです?」

 クルスとミリアの後ろから、よく通る声で尋ねられた。


 声をかけてきたのは、恰幅のよい背の高い男だ。

 その横にはさらに背の高い鍛え上げられた肉体の男たちが五人並んでいる。

 加えて魔法使いもいるようだ。


 男は笑顔だ。だが、目は笑っていない。

 途端に、商人たちの顔がこわばる。


「こ、これは……」

「ち、違うんです」

 一生懸命弁解しようとしている。

 自称魔王の御用商人が到着したのだ。予定より早い。


 クルスが振り返って、笑顔で言う。

「商品を売ってたんだよー。ぼくたち狼商会に仕入れはお任せだよ」

「……ほう?」

「エルケーの街は物資が足りなさそうだったからね」

「代官さまの許可は?」


 御用商人は代官からの専売許可を得ていたのだろう。

 代官はゾンビになっていたので、実質的には自称魔王の許可だ。


「とってないよ」

「それは良くありませんね。代官さまの許可を得ているのは私だけですから。違法な商売は見逃せません」

「あっそ」


 クルスはそういうと、商人たちに笑顔で呼びかける。

 もっとも被り物をかぶっているので表情は見えない。


「まだ買ってない人は並んでくださいねー」

「てめえ! 痛い目見ないとわからねえようだな!」


 屈強な男がクルスの肩に手をかけた。

 御用商人は言う。


「私は城に行ってきます。半殺しにしてから、連れてきなさい」

「かしこまりました」

 屈強な男が御用商人に頭を下げる。

 次に御用商人は、商人たちに目を向ける。


「あなたたちも。違法な商人から仕入れて、ただで済むとは思ってないでしょうね?」

「ひっ、申し訳ありません」


 御用商人は魔導士だけを連れて、そのまま立ち去りかける。


「お城に行っても、誰もいないと思うよ」

「はぁ?」

 御用商人は振り返り、表情が固まる。

 屈強な男が、音もなく全員倒れていたからだ。


「魔王を名乗ってた馬鹿は狼に退治されたよ」

「そんな馬鹿なことが……」

「ほんとほんと」

「魔人がそう簡単に……」

「魔人も自称魔王も狼には勝てなかったよ」


 クルスが楽しそうに言う。


「そんなことはあり得ない……」

「それより魔人のことまで知ってたんだね。それなら、ただで済むとは思ってないよね?」

「ふ、ふざけるな! やれ!」


 御用商人の部下の魔導士が魔法を発動した。

 無詠唱のファイアーボール。なかなか優秀な魔導士らしい。


「街中で火をつかったら危ないでしょ!」

 クルスは飛んできたファイアーボールを右手でつかむ。

 ――ジュッ

 そのまま、握りつぶして火を消すと魔導士の首をつかんで意識を刈り取る。

 指の力で首の血流を遮ったのだ。


「建物は……すぐ燃えてしまうのじゃ。……おそろしいことじゃ」

 ヴィヴィがしみじみと言う。

 ルカと戦って、衛兵小屋を燃やしたことを思い出しているのだろう。


「ひっ、ひぃいい!」

 御用商人は慌てた様子で、逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る