10章

第349話

 エルケーの街は旧魔王城の城下町だ。

 他の街より魔族が多い。王都から遠いので、物価も比較的高めである。


 俺はその街を、ヴィヴィ、ステフ、フェム、トム、ケィと一緒に歩いていた。

 もちろん、いつものように懐にはシギショアラが入っている。


 フェムの背に乗って、ケィは嬉しそうにはしゃぐ。


「フェムちゃん、あっちに面白い形の像があるんだよー」

「わふぅ」


 ケィは親を亡くした魔族の幼女だ。

 兄のトムはまだ子供なのに、親の遺した建物で宿屋を経営している。


「フェムちゃん、面白い像見にいこ!」

「わふわふ」


 フェムは基本的に子供が好きなようだ。

 ケィが背に乗っているからか、機嫌がよい。


「ケィ。ご飯を買いに行くんだから、寄り道したらだめだよ」

 兄のトムが、ケィをたしなめた。


 子供なのにしっかりしている。

 トムも十歳になっているかどうかの子供である。


「にいちゃ、ごめんなさい」

「わふぅ」


 ケィがしょんぼりする。

 俺はケィの頭を撫でた。


「いや、時間に余裕もあるし、その面白い像を見にいこう」

「いいの?」

「いいぞ」

「わーい」


 ケィは嬉しそうだ。

 だが、トムはうかがうようにこっちを見る。


「アルさん。迷惑じゃないかい?」

「まだ土地勘がないからな。色々見て回りたい」

「そうじゃぞ。子供は遠慮するでないのじゃ」


 ヴィヴィがお姉さん風を吹かせていた。


 そして、俺たちは面白い像とやらを見に行くことにした。

 俺の真の目的は、像ではない。

 トムとケィが、俺たちと同行し、フェムもついていると皆に見せるためだ。

 俺たちと一緒にいるところを見れば、チンピラも手を出しにくかろう。


「うーん。一日経っただけだが、雰囲気がよくなった気がする」

「そうかや?」


 ヴィヴィは首をかしげる。

 自称魔王と魔人を退治してから一日しかたっていない。

 自称魔王たちはエルケーの街を恐怖で実効支配していた。

 そして、エルケーの街の代官はゾンビにされていた。


 新たな代官が派遣されるまで、まだ数週間はかかるだろう。


「まだ油断は出来ないのじゃ。チンピラが山ほどいるのじゃ!」

「確かにな。お話し合いしたのはダミアンだけだからな」


 ダミアンはネグリ一家という王都の悪党組織の幹部だ。

 自称魔王に従い、精霊石や違法なものの売買に手を出した。

 そして、トムを騙して借金を背負わせたのだ。


 ダミアンには俺が直接お話し合いをした。結果、悪事は控えると言っていた。

 信用は出来ないが、しばらく大人しくはなるだろう。


「あ、おっしゃん、面白い像みえたよ!」

 ケィも俺のことをおっしゃんと呼んでくれるようになった。

 少し嬉しい。


「お、あれか……。なんだこれ」

「ねー。おもしろいでしょー?」


 よくわからない謎の像だった。高さは人の身長ぐらいある。

 金属で作られているようだが、人でも動物でもない。

 ぐにゃぐにゃした、三角錐。

 あえていうならば、針葉樹の様だった。


「魔族の芸術かな? 審美眼が違うのかもしれないな」

「いやー、わらわにも良さはわからぬのじゃ」

「えー、かっこいいよー」

 ヴィヴィにはわからない良さが、ケィにはわかるらしい。


「俺もわかんない」

 トムはわからない派のようだった。


 それから俺たちは、本来の目的である食料を買いに行く。

 寄り道しながら、歩いて行った。


 通りの角を曲がったところで、ダミアンと鉢合わせた。


「あっ」

 ダミアンは俺に気づいて、びくりとする。

 トムは怯えた様子で、俺の後ろに隠れた。

 ケィはダミアンが誰かもよくわかっていなさそうだ。

 フェムに乗ったまま、首をかしげていた。


「よう、ダミアン。奇遇だな。元気にしているか?」

「へ、へい。おかげさまで」

「また、悪いことしてるんじゃないだろうな」

「め、滅相もないことで」

「まあ、信用はしないが……」

「こ、こいつは手厳しい」


 ダミアンは冷汗を流している。


「昨日、竜が言っていただろう? 魔王を僭称していた奴は粛清しておいた」

「え? あれも、旦那が?」

「まあ、そうだ。あの竜もお友達だ」

「さ、さすがでございますね」

「これからは自称魔王の庇護は無くなったと思え。悪いことをしたら容赦なく罰せられるからな」


 代官が赴任していないことを言う必要はないだろう。


「へい、もう、俺は悪事とは縁を切ろうと思っていますから」

「ネグリ一家は? そう簡単にやめられないだろう?」

「ネグリ一家より、恐ろしいものがありますから」

「なるほどなぁ」


 しばらく話した後、ダミアンは去っていった。

 ダミアンの腰は低かった。


「トムの坊ちゃん、これで失礼させていただきます」

 トムにまでそんなことを言っていた。


「アルさん、すごいな! あのダミアンがぺこぺこしていたぞ」

「おじさんは、ああいうやつとの話し合いが得意だからな」


 俺は去っていくダミアンの背を見ながら、ふと思う。


「王都のネグリ一家が気になるな」

「クルスが見張っていたのじゃ。大丈夫だと思うのじゃ」

「それはそうだが、今はクルスは手続きとかで忙しいしな」


 司法省にゾンビと化した代官や自称魔王、魔人などを運んだ。

 それにともなって、色々手続きがある。事情も話さなければならない。

 だからクルスは今忙しい。


 王都のネグリ一家を見張っているものは今はいない。


「ちょっと見に行くか」


 俺は王都に行ってネグリ一家の様子をうかがうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る