第350話

 フェムが尻尾を振りながら言う。


『ネグリ一家は、もう安心だと思うのだ』

「そうなのか?」

『見に行けばわかるのだ』

「見ただけでわかるのか」


 俺は食料を買うと、トムの宿屋に戻った。

 それから、狼の仮面をかぶって、王都に行ってみることにした。


 同行するのは俺とフェム、シギショアラだけだ。

 クルスの館をでて、こっそりネグリ一家のアジトに向かう。

 一応、姿隠しと気配遮断の魔法をかける。


 時刻はもう夕方だ。

 とはいえ、クルスに見張りを頼んでエルケーに旅立ったのは昨日のことだ。

 クルスが見張っていたのは、一日足らず。

 それだけの短い期間でネグリ一家がもう大丈夫になったとはどういうことだろうか。


『少し騒がしいな』

『これでもだいぶ静かになったのだ』


 フェムと念話をかわしながら進んでいく。

 ネグリ一家アジトのある王都八番街に近づくにつれ騒ぎは大きくなっていく。


「なっ!」

『こういうことなのだ』

『なにがあったんだ?』


 ネグリ一家のアジトががれきの山に変わっていた。

 そして、親分はがれきの前の道で焚火をしていた。

 震えながら、子分の一人に肩を抱かれている。


 少し離れたところに、見覚えのある顔を見つけた。


『あれは……ビルか?』

『ダグもいるのだ』


 ビルとダグはトルフ商会の息子を騙していた二人組だ。

 ビルがネグリ一家の幹部。ダグはネグリ一家の手先の商人だ。


『ずいぶんと……。疲れ果てているな』

 ビルもダグも、がれきの横の方で、ぺたんと地面に座り夕方の空を見上げていた。


『そうなのだぞ!』

 フェムはどや顔で尻尾を振る。


『で、クルスと何やったんだ?』

『アルたちを見送った後、フェムはクルスと一緒に、アジトを見張ったのだ』

『ほうほう』


 トルフ商会に手を出さないよう目を光らせてくれるという話だった。


『出てくる子分たちをつけたりしていたのだが……トルフ商会には手をださなかったのだ』

『俺がさんざん脅したからな』


 トルフ商会に手を出して、クルスが報復したというわけではないらしい。

 それにしては、ネグリ一家のアジトは酷い状態である。


『だが、後をつけた子分が、いっぱい悪いことをしたのだ』

『ほう?』

『三回見逃したのだけど、四回目でクルスが切れたのだ』

『ちなみにどんな悪いことを?』


 フェムが言うには、詐欺とか恐喝とか違法な品の売買などらしい。

 一応、クルスも自分は官憲ではないからと自制したようだ。

 だが、元々クルスは正義感が強い。ついに堪忍袋の緒がきれた。


『子供に詐欺を働いたのが決定打になったのだ』

『ああ、それなら当然の報いだ』


 エルケーでダミアンがトムにやったこと。

 あれはネグリ一家ではオーソドックスな「商売」方法なのだろう。


『その場でチンピラをボコボコにして、引きずったうえで本部に乗り込んだのだ』

『そこまではわかったが、なんで建物ごと壊れているんだ?』

『同じ仮面だけど、声がアルと違うから、親分がクルスを舐めたのだ』

『あー』


 クルスの声は可愛らしい。

 俺のおっさんの声に比べれば、迫力は皆無だ。

 子供のいたずら、調子に乗った俺の子供とかそんな風に思ったのかもしれない。


『悪事をやめるつもりはないとか、調子に乗んなとか、色々言われて……』

『それでこうなったと』

『そうなのだ』

『ふむ』


 俺は真面目に考える。

 その様子を見て、フェムが首を傾げた。


『まずかったのであるか?』

『いや、まずくはない。忘れずに証券類は没収したか?』

『もちろんなのである。むしろ金庫を暴くついでに家が壊れたと言っても過言ではないのだ』

『それならいい』


 俺はふと思いついて、気配遮断と姿隠しの魔法を解除した。

 ネグリ一家の奴らにとっては、突然すーっと狼仮面が現れたように見えただろう。

 隣には当然フェムもいる。


「ひいいいい、も、もうやめ、やめて、やめてくれえええ」

「お、親分どうしたんすか!」

「そこに狼が、狼が!」


 親分が俺とフェムを指さしてガチガチ震える。

 俺はまた気配遮断の魔法をかける。姿隠しの魔法もかけておく。


「何もいないっすよ?」

 子分が俺たちの方を見てそう言った。


「い、いた! まだいる、狼がいる!」

「だから、いないですって」

「み、見えないのか! あ、あああ、狼が俺を俺を……狙って、……笑っている!」


 もう見えないはずなのに、親分はずっとわめいていた。


 その様子を、少し離れたところにいる数人の怖い顔の者たちが見ている。


「親分、いったいどうしたんだ?」

「耄碌したんだろう」

「鬼のネグリと言われた男もこうなっては形無しだな……」

「次の親分をきめねーとな……」

「後継者候補筆頭と言われていたビルも……ああなってるしな」


 ビルは夕焼け空を眺めながら、「えへへ、お空きれい」と笑っていた。

 ビルも最有力の幹部だったらしい。


「エルケーのダミアンを呼ばねーと」

「こうなったら、ダミアンが最有力か?」


 なんとダミアンも中々の実力者のようだ。


「エルケーから呼ぶとなると、次の親分が決まるのは早くとも再来月だな」

「ああ、それまでは大人しくしておこう」


 しばらくは大丈夫だろう。

 また、悪いことをするようになれば、適度に幹部を脅せばいいかもしれない。


『これなら、まあ、安心か』

『そうなのである!』


 そして、俺とフェムはクルスの屋敷へと帰還した。

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