第348話

 喜ぶ兄妹を見ながら、ルカが言う。


「代官の到着までしばらくかかるだろうし……。それまでは一応チンピラたちが好き勝手しないように見張ってた方がいいかも」

「たしかにそうなのだわ」

 ルカとユリーナの言うとおりだ。


「転移魔法陣の存在を、王宮に教えてあげたらどうなのです?」

 ステフが首をかしげていた。


「うーん。どうだろうな」

「師匠。問題があるのです?」

「転移魔法陣を簡単に作れるヴィヴィの能力って、凄い能力だからな」

 ヴィヴィは簡単に作るので忘れがちだが、とんでもない能力ではあるのだ。


 王宮魔導士たちも転移魔法陣を作ることはできる。

 だが、何人もが力を合わせて、数週間かけてやっと作るものだ。

 その間、王宮魔導士の業務が滞る。

 だから、王宮はエルケーの街に転移魔法陣を作らなかった。


「ヴィヴィさんが攫われたりするってことですか?」

「もっ!」

 ヴィヴィは平然としているが、モーフィが少し慌てていた。


「それよりも、戦略的に強力すぎるからな」

 貴族どもが野心を抱いたら困る。政治に巻き込まれるのは厄介だ。


「そうじゃな。あまり明かすことでもないのじゃ」

「そうなのですね」

 ステフも納得したようだった。


 俺はレオとレアの兄妹に言う。

「レオは、冒険者ギルドに顔を出してきたらいいんじゃないか?」

「いいのでしょうか?」

「ギルドマスターは、死んだと思い込んでいたしな。安心させてやればいい」

「いえ、そうではなく……。いくら罰がくだされないことになったとはいえ、罪を犯した私が……」

 冒険者として、今まで通りの暮らしに戻っていいものか。

 そんなことを悩んでいるようだ。


「エルケーの街は大変みたいだし、新人冒険者たちも困ってるだろうし、いいと思うよ」

 クルスが笑顔で言う。


「そうよ。冒険者ギルドの幹部としてもお願いしたいわ」

「罰が欲しいなら、しばらくエルケーのために働けばいいと思うのだわ」

 ルカとユリーナは優しく微笑んでいた。


「わかりました。エルケーのために頑張ります」

「レアちゃんもエルケーで冒険者やる?」

 クルスが尋ねる。


「で、でも、私は労働刑の最中なので……」

「自称魔王戦で参加したから、もういいよ」

「ぴぎっ『だいじょうぶ』」

「ほら、チェルちゃんもこう言っているし。お兄ちゃんと一緒に暮らしたいでしょ?」

「……はい」


 クルスの与えた労働刑は、侯爵家に配慮した形式的なものだ。

 きっかけさえあれば許して大丈夫である。


「レオにいちゃん! それなら、うちに住むかい?」

「いいのかい?」

「うん。宿屋にお客さんこないし」


 レオとレアはトムの宿屋に下宿することになった。

 ちなみに、俺もトムの宿屋の二部屋を借りた。

 魔法陣を設置するための部屋とエルケーに来たときのための部屋だ。

 当たり前だが、料金は適正価格をきちんと払っている。


 その後、ルカがレオとレアを連れて、冒険者ギルドに報告に向かった。


 するとティミショアラが張り切って言う。

「アルラ! エルケー周辺を見て回ろうではないか!」

「りゃっりゃ!」

「街の外でも襲われたっていう証言もあったから、見回ったほうがいいな」


 そういうことになった。


 俺は仮面をかぶり、ティミと一緒にエルケーの中央広場に移動する。

 フェムとチェルノボクも一緒だ。


「がおおおおん」

 フェムが軽く吠えて、街の人々の視線を集めた後、ティミが本来の姿に戻る。

 地上で変化すれば、あまりの巨体ゆえに、建物を破壊してしまう。

 だから、ティミは空中に浮かびあがりながら変化する。


 ティミの巨体は、街のどこからでも見えるだろう。 


「ひいいいい」

 怯える街の者たちに、ティミが言う。


「悪事は狼と竜が見ているのである。悪事を働こうと思うものは、ゆめゆめそれを忘れるな。魔王を僭称した愚か者は誅された!」

「りゃっりゃ!」


 そして、俺とフェムとチェルノボクを背中に乗せて、ティミは飛び立つ。


「あれで良かったかのう?」

「いい感じだったぞ」


 エルケーは代官不在で行政が機能していない。

 そのうえ、行政機能が回復するまでしばらくかかる。

 だから脅しておいたのだ。


 あとで、何度か脅しておけばいいだろう。


「チェル、ゾンビはいないか?」

『あっちにいる』

 死王の権能でゾンビを探してもらう。そして退治していった。


「このぐらいでいいかな?」

『うん!』


 自称魔王と魔人がエルケーの街にばらまいたゾンビはおおむね退治した。

 空を飛びながら、ティミが言う。


「色々あったが、まあ、解決と言っていいのではないか?」

「そうだな」

「りゃっりゃー」

 シギが嬉しそうに鳴く。俺の肩に上って羽をパタパタさせていた。


「シギもそう思うか」

「りゃあ」

 代官が到着するまでの間、エルケーの街には注意を払った方がよいだろう。


 トムの宿屋に戻ると、ケィがたたたっとかけてきた。


「おじちゃん。おかえり!」

「ただいま。ご飯食べたか?」

「まだだよ!」

「じゃあ。何か買いに行こう」

「わーい」

「わ、悪いよ」

 ケィは嬉しそうだ。だが、トムは遠慮する。


「気にするな」

「師匠! お供するのです!」


 俺はステフ、トムとケィ、そしてヴィヴィと食料を買いに行く。

 トムとケィがとても嬉しそうなので、俺はとても嬉しかった。

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