第314話

 俺は父トリルの表情をじっと見た。

 心底驚いているようだ。怒っているようにも見える。


「やはり、トリルさんはご存じありませんでしたか」

「……申し訳ありません。その取引は……なにとぞ」

「わかっています。まだ契約を結んだわけではありませんし」

「ありがとうございます」


 父トリルは額に流れる汗を拭いた。


「息子がなぜそのような分不相応な取引をしたのか……」

「手柄を焦ったとかかもしれませんね」

「若いころにはよくあることだよー」


 息子のトクル・トルフより、相当若いであろうクルスがそんなことを言う。


「きつく、きつく叱って、言って聞かせます」

「いえ、それは少し待ってください」

「……といいますと?」


 俺は父トリルに作戦を説明する。

 いま、息子トクルに依頼した買い手の情報を引き出そうとしている。

 だから、叱るのはその交渉結果を待ってからにして欲しい。

 そんなことを説明した。


「なぜ、買い手の情報が欲しいのですか?」

「それはねー」


 これについてはクルスが説明する。

 クルス領でのジャック・フロストの大発生。

 その黒幕が精霊石を欲しがっている可能性が高い。


「だから、精霊石を餌に、黒幕の情報を得ようとしているところなんだよー」


 父トリルは真剣な表情になった。


「伯爵閣下」

「どしたの?」

「トクルは愚かでありますが、大切な息子なのです」

「うん。そうだね」

「その作戦は、トクルが危険なのではないですか?」

「さほど、危険ではないとは思いますが……」


 父トリルは俺をじっと見る。


「黒幕にとって、トクルさんは取引相手ですからね。危害を加えて黒幕が利するとは思えません」


 言ってみれば、息子トクルは中間業者なのだ。

 たまたま都合がいいから選ばれただけ。

 息子トクル自体が何か特別な役割があるわけではない。


「ですが、閣下たちは黒幕の情報を知りたいのでしょう?」

「そうですね」

「そして、黒幕の情報を値下げの条件として提示されました」

 そこまで言われれば、鈍い俺でもさすがに気づく。


「なるほど」

「はい。子爵閣下の御推察の通り、黒幕は自分の情報を、売り手が知りたがっていると考えるでしょう」

「あー。そう言われたら、確かに危険かも」


 クルスがうんうんと頷いた。

 自分の情報を知りたがっているものがいる。

 そしてその情報を知っているのは息子トクルだ。


「口封じの対象になりうると考えます」


 替わりはいくらでもいる。特に重要な役割があるわけではない。

 それは、息子トクルがさほど危険ではない理由だった。

 だが、口封じの対象となるならば、替わりはいくらでもいるからこそ危険になる。


「配慮が足りず申し訳ありません」

「ごめんね」 

 俺とクルスは父トリルに向けて頭を下げた。


「どうか、頭をお上げください。元はと言えば、息子の自業自得ではありますから……」

「とはいえ、トクルさんを危険にさらしていたのは事実ですし……」

「そうですね。アルさん。この作戦は中止したほうがいいかもですね」

「そうだな……。中止するかはともかく、変更は必要だな」

「変更ですか?」

「状況次第だが、俺がトクルさんの護衛についてもいいかもしれない」


 俺が護衛につけば、ひとまずは息子トクルの危険はなくなる。

 黒幕との交渉現場に一緒について行けば、黒幕を捕まえることも出来るかもしれない。


「なるほどー」

「とりあえず、トクルさんとお話しさせていただけませんか? 今でも黒幕と接触していると思われますし」


 いつ黒幕が息子トクルを口封じしようとするかわからない。

 早く動いたほうがいい。


「わかりました。すぐに呼んできましょう」


 そういって、父トリルは部屋を出て行った。

 すぐに父トリルは息子を連れて戻ってくる。


「お待たせいたしました」

「あっ……」


 被り物を脱いでいる俺を見て、息子トクルは小さな声を出した。

 そんな、息子トクルにクルスは笑顔で言う。


「トクルさん、まあ、座ってよ。お話があるんだよー」

「はい。失礼いたします。あの……」

「どうしたの?」

「そちらの方は……」


 息子が疑問を述べると、父はにらみつけた。


「アルフレッド・リント子爵閣下です」

「……あの」


 息子の方も、俺の名前は知っていたらしい。


「トクルさん、改めてよろしくお願いいたします」

 俺はそう言ってから、本題に入る。


「トクルさんには、精霊石を誰に売るつもりだったのか。資金をどうやって調達するつもりだったのか教えていただきたい」

「……そ、それは商売上の信義がありますので」

「馬鹿なことを言うな! なにが信義だ!」


 父トリルは激怒している。

 慌てた様子で息子トクルは弁解を始めた。


「ですが、父上、信義が大切だと、信用はなによりも大事だといつも……」

「俺はお前にそれだけの金を動かす許可は与えていない! そうだな」

「……はい」

「それを……商会の名を使って支払う金があるように見せかけるなど、信義以前の問題だ。それを人は詐欺という」

「さ、詐欺などと……。私はそんなつもりでは……」

「お前がどういうつもりかなど、関係あるか!」


 息子トクルは涙目になっている。

 父トリルの怒りの説教はしばらく続いた。

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