第315話
父トリルは怒りの説教を終えると、俺たちに向かって土下座した。
「愚息がご迷惑をおかけいたしました」
父トリルの怒りのポーズは、息子に対する怒りも当然あるのだろう。
だが、俺たちの前で叱ることで、俺たちの怒りを緩和する目的もあるに違いない。
「こちらこそ、ごめんね」
クルスは父トリルを起こそうとした。
だが……、
「もっにゅもっにゅもっにゅもっにゅ」
モーフィがものすごい勢いでクルスの手を咥えてもぐもぐしている。
父トリルの怒りの説教を聞いて、モーフィはストレスを感じたのだろう。
そういうとき、モーフィは手を咥えたがるのだ。
それ自体は構わない。落ち着くまで存分にクルスの手を咥えていて欲しい。
だが、このままクルスが抱き起せば父トリルの洋服にモーフィのよだれがついてしまう。
「トリルさん、お顔をあげてください」
俺がクルスのかわりに父トリルを抱き起す。
それから、俺は息子トクルに頭を下げた。
「申し訳ない。私たちはあなたを騙していました」
「え? だまし……?」
「はい」
「精霊石はないのですか?」
「ありますよ」
「本物ではない……とかでしょうか?」
「本物です。そういうことではありません。恐らくトクルさんが接触している相手は犯罪者です」
「えっ……?」
「その犯罪者を捕まえるために、トクルさんを利用しました」
俺は息子トクルに、丁寧に説明する。
ただし、少し大げさに危険を誇張して説明することにした。
「我々はトクルさんが情報を掴んでくればよし、敵の手にかかれば、それはそれで情報が得られると考えていました」
「敵の手……ですか?」
息子トクルは、ポカンとした表情を浮かべていた。
頭が追いついていないようだ。
「精霊石を欲しがる相手ですよ。クルス領に大雪害を起こした大犯罪者です。トクルさんの命ぐらい簡単に奪うでしょうね」
「……そんな、私を殺して何の得が……」
「トクルさんは犯罪者に接触して情報を得ました。その情報が我々に渡るのを防げます」
「それだけのことで……」
「充分な理由です」
俺がはっきりと言うと、息子トクルの顔面が蒼白になる。
脅しが効いたようでよかった。
そんな息子トクルに、クルスが尋ねる。
「お金の支払いってどうするつもりだったの?」
「……一時的に、商会に立て替えてもらって……。精霊石と交換で支払ってもらうことに」
「馬鹿者が!」
父トリルの怒声が響く。
モーフィがストレスを感じていないか不安になって、様子を見る。
「もにゅもにゅ」
モーフィはクルスの手を咥えるのをやめていた。
テーブルの上に顎を乗せて、舌でお皿に乗ったお菓子を器用にとって食べていた。
モーフィの舌は結構長い。
ストレスを感じていそうな気配はない。
もしかしたら、クルスの手を咥えていたのも、ストレスとは関係ないのかも知れない。
「りゃあ」
「もっも」
テーブルの上に乗ったシギがモーフィの舌にお菓子を乗せ始めた。
それをモーフィがパクパク食べて、シギは嬉しそうに羽をパタパタさせている。
フェムはその様子を生暖かい目で見つめていた。
クルスはモーフィを抱き寄せて、テーブルの上からどかしながら言う。
「それなら、代金は払ってもらえなかったかもねー、大金だし」
「そうだな。金を渡すより命を奪う方がいいと考えるだろうな」
ここまで脅せば、協力を得ることも容易くなっただろう。
俺は笑顔で優しく息子トクルに語り掛ける。
「さて。トクルさん。取引相手を教えてもらえるかな?」
「……ですが」
意外なことに、まだ言いたくないらしい。
それほど、取引相手が大切なのだろうか。
右手でモーフィを、左手でフェムを抱きながらクルスが言う。
「うーん。協力してくれたら、お互い幸せになれるんだけどなー」
「逆に言えば、協力してくれないと色々不幸なことが起こる」
「不幸なことですか?」
「とりあえず牢獄に入ってもらうことになる」
それから俺は息子トクルの容疑を大げさに告げる。
大雪害を起こした犯人の一味である疑い。
詐欺行為を働こうとした疑い。
トルフ商会における横領。
容疑を一つ一つ挙げていくと、息子トクルは諦めたようにつぶやく。
「……わかりました。協力いたします」
「よかった。お互い面倒がなくて助かります」
改めて俺は息子トクルに、状況を説明させることにした。
「聞きたいことはたくさんあるが、一番知りたいことから聞こう。取引相手はだれだ?」
「商人です。旧魔王領の町を本拠地としていると聞きました」
「種族、性別、年のころは?」
「人族の中年の男性でした」
「どこで取引を持ち掛けられた?」
「半年ほど前、酒場で……」
近くの酒場で酒を呑んでいたところ話しかけられ意気投合したのだという。
相当以前から息子トクルに目をつけていたのだろう。
「半年かー。随分とまえから動いていたんですねー」
「トルフ商会の息子なら、利用価値が高いからな」
「それもそうですね」
特に精霊石の取引に使おうと考えていたわけではないのかもしれない。
それならば、口封じされる可能性は多少低くなったともいえる。
まだ、息子トクルの利用価値は高いからだ。
「取引の交渉はどこでやっていたんだ?」
「えっと……」
息子トクルによると、王都から少し距離のあるあばら家で話し合いをしていたらしい。
商談を王都の外でやる理由がない。
息子トクルも、冷静になればわかったはずだ。
だが、黒幕の言葉が巧みだったのか、浮かれていたのか、功を焦っていたのか。
息子トクルは怪しいとは全く思っていないようだ。
「昨日の俺たちとの精霊石の取引については、相談をしたのか?」
「まだしていません。今日の昼過ぎに会って話し合う予定でした」
「なるほど。いつも一人でその場所には向かっていたのか?」
「そうです」
クルスがいう。
「これは乗り込んだ方が早そうですね!」
「そうだな。トクル。案内してくれ」
「……わかりました」
息子トクルは気が進まないようだった。
だが、案内はしてくれるようだ。
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