第311話

 ユリーナ父の冗談を否定するわけにもいかず、俺はとりあえず、笑っておいた。

 そこに、ユリーナ母が入ってきた。

 商談ということで、席を外していたのだろう。


「聞いていたわ。婿入りの話ね」

「いえ、違います」

「あら、違うのね」

 ユリーナ母は中途半端に聞いていたらしい。


「でも、我が家はいつでも歓迎よ?」

「ははは」


 ユリーナ母が思いのほかぐいぐい来る。


 俺はちらりとユリーナを見た。

 ユリーナが助け舟を出してくれるのを期待したのだ。

 だが、ユリーナは黙って頬を赤らめていた。


 こういう時に頼りになる、クルスとモーフィがいない。

 自分で話題を変えるしかないようだ。


「あの先程のトクル・トルフさんですが……」

「なにか問題がありましたか?」

「いえ。問題というよりも疑問点が」

「なるほど。それはどのような点でしょう」

「トルフ商会の跡取りと言っておられましたが、確実なのでしょうか?」

「トリル・トルフさんのお子様は複数いらっしゃいます。ですが、成人しているのはトクルさんだけなので」


 それならば、少なくとも現状では跡取り候補の筆頭と考えてもいいのかもしれない。


 トクルの父、トリル・トルフはトルフ商会の商会主だ。

 俺たちが父トリルに初めて会ったのは、ムルグ村に近い大きな町だ。

 ムルグ村に近いと言っても、クルス領ではない。

 村の用事で肉を売りに行き、支店を立ち上げたばかりのトリルに出会ったのだ。

 その後、王都にあるトルフ商会の本店でも取引したことがある。


 トリルのことは信用できる商人だと思った。

 だが、息子トクルの方はまだわからない。


「跡取り候補なのはわかりましたが、商会内での役職はなんなのでしょうか?」

 普通、役職があるならそっちを名乗るはずだ。

 だが息子トクルは跡取りとしか言わなかった。


「やはり気づかれましたか。まだ、平の従業員ですよ」

「そうでしたか」


 ならば、さほど大きな金を動かせるとは思えない。


「胡散臭いのだわ!」

「ユリーナ、そうはいってもだな。トリルさんからよろしくとお願いされているので」

「お父さまはどうして、そんなやつを紹介したのかしら? 私たちも忙しいのだわ」

「ユリーナ、すまない」


 ユリーナの父は謝っている。

 ユリーナの母が父をかばうように言う。


「でも、ほかに買いたいって人はいなかったのだし……。それなら選ぶ余地がないじゃない?」

「それは……そうかもしれないけど」

「それに、お父さまは、どういう対応するか見たかったのよ」

「…………あっ」

「大切なことでしょう?」

「それもそうなのだわ」


 何に納得したのかわからないが、ユリーナは納得したようだった。

 俺は話についていけてないので、話の流れを元に戻す。


「商会主のトリルさんと直接交渉をするのは、ご迷惑になりますか?」

「資金力の不安面を解消したいという意味でしたら、我々で調べますが」

「それはそれで、お願いしたいのですが、トリルさんとも多少コネがあるので……」

「そういうことならば、構いません」


 ユリーナ父の了承を取り付けたので、トルフ商会に直接出向いても問題ない。

 一歩前進と言っていいだろう。


 その後、ユリーナの家族と、しばらく談笑した。

 シギショアラもお菓子を食べて、ご機嫌だ。


 昼食を食べていくようにと勧められたが、辞して帰ることにした。

 フェムを待たせているのだ。


 王都土産を買ってから、村へと戻った。

 いつものように、倉庫から出ると、フェムがいた。


「フェム、お出迎えありがとう」

 俺とユリーナはフェムを撫でまくる。


「なんか静かなのだわ」

「ヴィヴィもモーフィも、弟子たちも、リンドバルの森に行っているからな」

「そういえば、そうなのだわ」

「フェム、昼ごはんにしようか」

「わふ!」


 ミレットがいないので、自分で用意しなければならない。

 衛兵小屋に入って、昼食の準備をするため台所に入った。


「あ、ミレットが用意してくれてるぞ」

「本当に気が利く子なのだわ」


 ミレットが弁当を用意してくれていたようだ。

 フェムとシギショアラとユリーナと一緒に昼食を食べた。


 そのあとはいつものように衛兵業務だ。

 今日はユリーナが隣に座っている。


「ユリーナ、今更聞くのも何だが……休みなのか?」

「そうなのだわ」

「そうか。せっかくの休みなのにすまないな」

「気にしなくていいのだわ」


 そういいながら、ユリーナはフェムのことをぎゅっと抱きしめた。

 俺とユリーナとフェムはとりとめのない話をしながら、夕方まで過ごした。


 皆が帰ってきて、夕ご飯を食べた後、俺はクルスに向けて言う。


「クルスはトルフ商会って行ったことあるか?」

「ありますよー。支店がクルス領の近くにありますからね」

「そうか。近いうちに一緒にトルフ商会に行ってくれないか?」

「いいですよ。明日行きましょう」


 クルスは即答した。頼んでおいてなんだが、逆に不安になる。

 クルスは領主なので、それなりに忙しいはずだ。


「大丈夫ですよー。いつでも出かけられるように、準備しているので!」

「さすがだな」

「えへへ」


 クルスは有能な領主らしい。


「最近、勇者業務の方が少なくなってきているので、実は領主になる前より時間の融通がきくんですよー」

「そうなのか?」

「はい」


 ルカが優しく説明してくれる。


「さすがに領主だと知っているから、仕事を頼みにくいのでしょうね」

「そんなものか」

「しかも、クルスは代官に任せっぱなしじゃないって、結構知られているから」


 クルスが領主として頑張っているという話は広まっているらしかった。

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