第312話

 次の日、俺はクルスと一緒に、王都のトルフ商会に出向くことにした。

 俺はいつものように、狼の被り物で顔を隠す。


「ぼくも顔を隠したほうがいいですよね」

 クルスも獅子の被り物をかぶった。


「りゃっりゃー」

「もっも!」


 シギショアラとモーフィは大喜びだ。


「いや、クルスは顔を隠さなくていいぞ。むしろ隠さないほうがいい」


 勇者伯であることを利用して交渉するつもりだった。

 だから、クルスは身分を隠す意味がない。


「そうなんですね。残念です」

「……りゃあ」

「……もう」


 クルス、シギ、モーフィは残念そうだ。


 準備を終えると、俺とクルスはトルフ商会へと向かう。

 今回はフェムとモーフィも、そして、シギも一緒だ。


「もっもー」

 モーフィが嬉しそうにクルスの横を歩いていく。

 フェムは大人しく俺の横を歩いていた。


 今日はユリーナは同行していない。

 ユリーナはリンミア商会の娘だと知られている。

 だから、息子トクルにすぐばれてしまう。


 俺はリンミア商会で、息子トクルにあったとき、自己紹介をしていない。

 そして、被り物をかぶってもいなかった。

 だから、被り物をかぶっていれば、顔を合わせても気づかれまい。


「ユリーナも来たがってましたねー」

「さすがに、ユリーナがついてきたら、トクルが気づくからな」

「ユリーナとぼくの関係は有名なので、ばれるのでは?」

「疑われる可能性は高いな」


 それでも、クルスが精霊石の件で来たのかどうか、息子トクルは確証を持てない。

 息子トクルが暴走しているなら、確証を持てない限り動けないだろう。

 トルフ商会の他の人間に精霊石の売買契約を進めているのを知られたくないに違いない。


 そして、もしもトルフ商会として動いている案件なら、それはそれで構わない。


 道中、クルスはモーフィに乗っていく。


「勇者さま。おはようございます」

「どもども」

「勇者さま。可愛い牛ですね」

「でしょー」


 見知らぬ人たちと会話を交わしながら、クルスとモーフィは歩いていく。

 やはり人気が高いようだ。


 当然だが、狼の被り物をかぶっている俺に話しかける奴はいない。

 クルスの従者だと思ってくれているようだ。


 俺たちは、しばらく歩いてトルフ商会の前に到着する。


「じゃあ、入りますねー」

「もうも」


 クルスはモーフィに乗ったまま堂々と入って行く。


「これは、伯爵閣下、今日はどのようなご用件でしょうか」


 その場で一番役職の高そうな店員が、大急ぎで駆け寄ってきた。

 おそらく、今日の店頭責任者の店員なのだろう。

 クルスは顔なじみのようだ。常連客なのかもしれない。


 クルスはモーフィからおりながら言う。


「うん。急に来てごめんね」

「いえ、伯爵閣下においでくださることは、いつであっても我が商会の喜びです」

「ありがとう。ところで、商会主のトリルさんはいますか?」

「もうしわけございません。トルフはただいま所用で……」

「そっかー。残念。いつごろ帰ってこられますか?」

「まもなく戻ってくると思いますので、ぜひ中でお待ちください」

「いいの?」


 クルスが尋ねると、店員は深くうなずいた。


「もちろんですとも」

「じゃあ、待たせてもらおうかな」

「ありがとうございます!」


 店員に奥へと案内される。


「もっも!」


 モーフィもフェムも当たり前についてくる。

 モーフィは小さな声で嬉しそうに鳴いているが、フェムはずっと大人しい。

 大きな肉食獣としての自覚があるのだろう。


 通されたのは応接室だ。

 先程の偉い店員がお茶とお菓子も持ってきてくれる。

 そして、そのまま応接室に留まって俺たちの相手をしてくれるようだ。


 俺は被り物をかぶったまま店員に声をかける。


「お仕事に戻らなくても大丈夫ですか? 責任者とお見受けしましたが」

「いえいえ、責任者は、何も問題が起きなければ暇なのですよ」

「それならいいのですが……」

「堂々と休める口実ができたというものです」


 冗談をいって、責任者は笑う。


 その後談笑をしていると、シギが俺の懐の中でもぞもぞ動いた。

 シギは息子トクルに見られていただろうか。

 見られていない気もするが、一応口止めした方がいいだろう。


「伯爵閣下が、この子を連れていたことは内緒ですよ?」

 そういって、シギを懐から出す。


「りゃあ」

「はい、口外はしません。……それにしてもかわいいですね」

「かわいいでしょー」


 クルスも嬉しそうに、シギを撫でて、お菓子をあげている。

 俺はフェムとモーフィにお菓子を上げた。


 しばらく経って、部屋の扉がノックされた。


「シギ」

「りゃ」

 シギはもぞもぞと俺の懐の中に戻る。

 その後、部屋に入ってきたのは、息子トクルだった。


「お初にお目にかかります。伯爵閣下。私はトクル・トルフ。トリルの息子です」

「トリルさんの息子さんですかー。いつもトリルさんにはお世話になってるよー」


 そういって、クルスは笑顔で返す。


 前回俺があったときは、狼の被り物をかぶっていなかった。

 だから、俺が声を出さない限り気づかないだろう。


 どうやら息子トクルはクルスに挨拶したかっただけのようだ。

 挨拶を済ませると、息子トクルは早々に退室していった。


 息子トクルが去った後、俺は尋ねる。


「トクルさんは……。どのような仕事を?」

「彼は修行中の身ですから、それなりの仕事をさせています」

「それなりといいますと、雑用的な?」

「そうですね。下積みですから」


 クルスが尋ねる。


「トクルさんは跡取りなの?」

「そうなる可能性は高いです。ですから、トルフも下積みからやらせて、しっかりと育てようとしているようです」

「なるほどー」


 そんなことを話していると、商会主である父トリル・トルフが部屋に入ってきた。

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