第310話

 俺はトクル・トルフに笑顔で尋ねる。


「そうでしたか。あのトルフ商会の方だったのですね」

「ご存知でしたか?」

「それはもう」

「では、資金面に関しては安心していただけましたか?」


 本当にトルフ商会と取引できるなら、資金面に関しては安心だ。

 だが、これだけの大金を動かす取引を、トクルのような若いものに任せるだろうか。

 跡取り息子への教育の一環だったとしても、失敗時のリスクが大きすぎる。


 トクルが勝手に動いている可能性も考えねばなるまい。

 だが、俺は表情には出さない。


「そういうことならば、安心ですね」

「信用していただけたようで、ありがとうございます」


 トクルは笑顔になった。


「では、これだけならば、お売りしても構いません」


 そういって、米粒ほどの精霊石を机に乗せる。

 トクルがそれを直接手に取ろうとしたので、手で制した。


「契約が成るまでは、触るのはご遠慮ください。なにぶん、とても貴重で、小さいもので」

「なるほど。あなた様の懸念は理解できます」

「とても少ない量ですので、お値段はこのぐらいでどうでしょうか?」


 俺は小さな屋敷なら買えるぐらいの値段を提示する。

 ユリーナ父の値付けよりも、さらに三倍は高い値段だ。


 トクルは顔をひきつらせた。

「……ははは。ご冗談を」

 それでも、ぎこちない笑顔を無理やり作っている。


 俺は真顔で言う。


「いえ、冗談ではありませんよ。この量ならばこのぐらいです」

 トクルは、同席しているユリーナの父に助けを求めるように目を向ける。


「ですが、リンミアさまのお話では……」

 値段が違うと言いたいのだろう。


「私は多少魔法の心得がありましてね」

「はぁ、それが……」

 突然話が変わったと思ったのか、トクルはいぶかし気な表情になる。


「精霊石は、それなりの魔導士が使えば大変な危険を引き起こす可能性があります」

「……そうなのですか? ですが」


 トクルの目が「それと値上がりに何の関係が?」と訴えている。


「使い方も、お売りになる方も明らかではないのなら、この量しかお売りできません」

「それは理解いたしました。大変危険だということも。ですが値段は……」

「トルフ商会様は信用できますが、それを売る人は信用していません。信用の無い人に売る場合、値段が上がるのは当然では?」


 自分で言っておいてなんだが、別に当然ではないと思う。

 だが、危険性を訴えてからそう告げたので、トクルは納得したようだ。


「……ううむ」


 トクルは考え込んでいる。即決できない値段を提示したのだ。

 考え込むのは当たり前である。


「誰にお売りいただくのか、何に使うのかお教えいただければ……」


 俺はそう言いながら、机の上に精霊石を並べていく。

 米粒のような小さなやつではない。

 こぶし大の物を含めたたくさんの精霊石だ。


「これ全部で、このぐらいでしょうか」


 ユリーナ父の値付け通りの値段を提示した。

 別に値下げしたわけではない。もともとの値段になっただけだ。

 それでも、最初に提示した重さ単位の値段より、三分の一になっている。

 一気に値下げしたような雰囲気が漂う。


 その上、精霊石は見た目がとてもきれいなのだ。

 極上の宝石に見える。そして量でも圧倒してみた。


 きっとトクルの買いたいという思いは高まっているに違いない。


「ですが、我々にも契約というものがありまして……」

 売る相手を明かさないという約束に違いない。

 もう一押し必要だ。


「私どもは精霊石を作り出す方法をみつけました」

「なんと? 本当にそんなことが?」

 トクルが身を乗り出した。


「はい」

「それは錬金術なのですか? それとも魔術?」

「企業秘密です」


 俺が笑顔でそう言うと、トクルは椅子に腰を下ろす。


「それは、そうですよね」

「安定して買ってくれる方がいらっしゃれば、我々も助かるのですが」

「でしたら……」

「ですが、そのためには信頼関係が大切です」


 そこで一度言葉を区切って、トクルの顔をじっと見る。


「長い取引になるかもしれません。一度顔を合わせて人となりを互いに知るのも良いとは思いませんか?」

「ううむ」


 トクルは真剣に考えこむ。

 しばらく悩んだ後、トクルは言う。


「持ち帰って検討させてください」

「はい。色よい返事をお待ちしております」


 俺は笑ってそう言うと、精霊石を鞄へと戻す。

 数はきちんと数えて確認しながら元に戻していく。

 その俺の手元をトクルはじっと見つめていた。


 トクルは俺と握手をしてから、帰っていった。

 ユリーナの父はトクルを見送りに行く。

 そして、すぐに戻ってきた。


「婿どの。私は侮っておりました」

「といいますと?」

「魔導士として、冒険者として立派な方なのは知っていましたが、商人としてもやり手だったのですね」

「そんなことは……」

「いえいえ、見事なものでした。私もいつでも助け舟を出せるよう心構えをしていたのですが、必要ありませんでしたね」

 ユリーナ父はとても機嫌が良いようだ。


「いつでも、リンミア商会をお任せできますな!」

 そんな冗談を言って、ユリーナ父は嬉しそうに笑った。

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