第303話

 その日の夜の夕食後。俺はみんなに作戦を語った。

 精霊石を売りに出すことで、敵をおびき出す作戦だ。

 一応、いつもの全員がそろっている。加えて今日はレアもいる。


 俺が話し終わって、最初に口を開いたのはルカだった。


「売りに出して、実際に買われたらどうするのよ」

「いや、誰が買いに来るか調べたいだけだからな」

「実際には売らないのね?」

「その予定だ」


 クルスは笑顔で言う。


「まあ、精霊石なんて、買う人いないよねーきっと」

「そうでもないわ」


 ルカは静かに首を振った。


「そうなの?」

「錬金術士なら欲しがるかも」

「そうなんだ」

「それにクルス。世の中には、なんにでも好事家というのはいるものなのだわ」

「物好きはどこにでもいるものじゃからな!」


 ヴィヴィはうんうんと頷いていた。


「……私の方でも少し考えてみるのだわ」

「ユリーナ、協力してくれるのか?」

「私がというより、お父さまにお願いしてみるのだわ」


 ユリーナは豪商リンミア商会の一人娘だ。

 色々なところに伝手はあるだろう。


「そうか。手間をかける」

「任せるのだわ」

「買いたい人がいっぱいいたら大変になっちゃわない?」


 クルスは少し不安げだ。

 気にしなくても、精霊石は希少だが、さほど需要の高いアイテムではない。


「好事家でも容易には手を出せないぐらい値段設定を高くしとけばいいのだわ」

「なるほどー。それでも買いたいって人がいれば余程欲しい人なんだろうし」

「そんなに欲しがる人は怪しいわね」


 ルカが同意してくれた。


 レアが、立ち上がって頭を下げる。


「みなさま、我が兄の捜索を手伝って下さりありがとうございます」

「気にしないでー」


 クルスは笑顔だ。


「犯罪者である私のために……。なんとお礼を言えばいいのか……」

「レアのためだけじゃないから気にするな」


 俺がそういってもレアは頭を下げ続けている。


「とはいえ。お兄様が悪いことをしていたら、罰を受けてもらうことになるのだし」


 ルカの口調は冷たい。

 憎まれ役を買って出てくれているのだ。


「それでも、私は兄に会いたいのです」

「会えるといいですね」


 ミレットは笑顔だ。


「そうだ。食後のおやつを用意しますね!」

「わーい。おねーちゃん、ありがとー」

「りゃっりゃ!」


 ミレットの言葉に、コレットとシギショアラは大喜びだ。

 台所に向かったミレットの後を、モーフィと一緒について行く。


 食後のおやつは果物だった。

 冬の果物ではなく、夏に食べられる果物だ。


「この季節に、こんなおいしい果物を食べられるなんて」


 レアが感激していた。


「アルさんとヴィヴィちゃんの作ってくれた保管庫のおかげですよー」

「役に立っているようで、よかった」


 倉庫だけでなく、小屋の台所にも魔法のかかった保管庫があるのだ。

 レアが恐る恐るといった感じで言う。


「あの……クルスさんって、勇者クルスさまなのですよね」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「はい」


 クルスだと名乗りはしたが、勇者だとは名乗っていない。

 領主裁判権を行使していたから、気づいたのかもしれない。


「そして、皆様も……勇者とともに悪しき魔王を討伐なされた方々なのですよね」

「まあ、うん。そうね……」

「……そう言われているのだわ」


 ルカとユリーナは歯切れが悪い。そして、ちらりと俺の方を見た。

 当時から本当の魔王は俺だったので、堂々と魔王を討伐したとは言いにくいのだろう。


「知らぬこととはいえ、大変無礼な態度をとってしまいました。お許しください」

「気にしなくていいよー」


 クルスが笑顔で、レアの頭を撫でている。

 ヴィヴィがガタっと音をだして立ち上がる。


「そして、わらわが、魔王軍四天王で最強のヴィヴィじゃ!」

「えっ!」


 レアは心底驚いている。


「してんのーかっこいい!」

「りゃっ! りゃあ」


 コレットとシギは喜んでいた。


「ほ、本当なのですか?」

「まあ、嘘だな」

「やっぱり、そうなのですね」


 俺がそういうと、レアはほっとする。

 魔王軍四天王だったのは事実だが、最強ではなかった。

 むしろ最弱と言っていい。


「嘘ではないのじゃ!」

「ヴィヴィちゃん、最強は言いすぎだよー。ほかの四天王の人たちは、もっと強かったよー」


 クルスが笑顔で窘める。


「クルスよ……。では聞くが、最強の定義とはなんじゃ?」

「えっ? 定義? えっと……」

「定義も答えられぬのに、なぜわらわが最強ではないと言い切れるのじゃ」

「それは、そうかもだけどー」


 クルスの目は、でも明らかに弱かったじゃないかと告げている。

 ヴィヴィが言っているのは屁理屈だ。

 ヴィヴィは四天王の中で、特に弱かったのは確かだ。


 コレットとシギがヴィヴィに抱きついた。


「最強してんのー! かっけー」

「りゃっりゃー」

「コレットもシギも可愛いのじゃ」


 上機嫌でヴィヴィはコレットとシギを撫でている。

 一方、レアは困惑しているようだった。


「え? 勇者様。ヴィヴィさんは本当に魔王軍四天王だったんですか?」

「ああ、それは本当だよー」

「……」


 レアは絶句する。


「でも、一応、内緒だからね!」

「あっはい」


 レアはうんうんとうなずいた。

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