第299話

 ヴァリミエは、気絶している少女に近づいて頬を撫でた。

 ヴァリミエの少女を見つめる目はどこか優しい。


「魔動機械は伝統的な魔族の製法じゃな。珍しくはないのじゃ。ただ技術水準は素晴らしいのじゃ。わらわも学びたいぐらいじゃ」

「……ということは、魔法陣の方は珍しいのか?」

「そうじゃな。もう滅びた一族の技術じゃな」

「滅びたというと?」

「わらわも文献でしか見たことがない古い魔族の一族じゃ」


 以前、ヴァリミエは古い魔族の技術と言っていた。

 そのことだろう。


「詳しくはこやつが目を覚ましてから、聞くしかないのじゃ」


 俺たちはお菓子を食べながら、のんびり待った。


 しばらく、待っていると少女は目を覚ます。すぐにきょろきょろと周囲を見回した。

 催眠にかかっている状態での尋問はしてある。

 だが改めて話を聞く必要があるだろう。


 尋問担当はルカだ。ルカが笑顔で語り掛ける。


「気が付いたようね」

「ここは?」

「辺境の村よ」

「なぜ私はここに?」


 ルカが優しく説明する。

 特に何も隠していない。正直に精霊召喚の雪害についても語っている。


「やはり。あれは本当のことだったのですね……」

「あれというと?」

「ぼんやりと、夢の中の出来事のようにですが覚えています」

「詳しく教えて欲しいわ」

「どこから話せばいいのか……」

「そうね。じゃあ、まずあなたはどこで生まれたの?」

「そこからですか?」

「そこからよ」


 少女は語り始める。

 少女は旧魔王領の中でも辺境の山の中で暮らしていたのだという。

 母が獣人で、父が魔族だった。


「この魔法陣は古い魔族の一族のものらしいけど、それについては?」

「そうなのですか? 兄に教えてもらったものですが……一族については何も知らないのです」

「何も? お父さんやお母さんは?」


 少女はゆるゆると首を振る。

 父は生まれたときからいなかった。母は少女が小さいときに亡くなった。

 それからは優秀な魔導士だった兄とほそぼそと暮らしていたらしい。

 少女が大きくなったある日、兄は突然消えた。


「突然?」

「はい。置手紙があって、自分の力を試してみたい、名をあげてみたいと」

「立身出世ね。お兄さんは優秀な魔導士だったんでしょう?」

「はい」

「それなら、自然なことかも知れないわね」


 優秀な魔導士が名を立てたくなるのは自然なことだ。

 そして、少女も兄の後を追うように、山から出て働くことにしたのだ。


 少女の選んだ職は冒険者だった。

 腕さえあれば、種族、家柄、出身地も問われないのが冒険者だ。

 辺境出身の魔族と獣人の子供である少女が冒険者になったのは必然といえるだろう。


「あなたは冒険者ギルドに所属しているのね」

「はい。一応、魔導士ギルドにも……でも」

「魔導士ギルドは、獣人に冷たいらしいわね」

「はい」


 冒険者になった少女は、クエストの合間に兄を探した。

 だが、ようとして消息は知れなかった。


 そんなある日、知らない男に声をかけられたのだという。


「その男は、兄は精霊界にいるって……」

「信じたの?」

「はい。でも、なぜ私は信じたのでしょうか……」


 少女は戸惑っている。

 この時点で、すでに催眠にかかっていたに違いない。


「どんな男だったの?」

「えっと……」


 少女は少し上を見る。思い出そうとしているのだろう。

 だが、どんどん困惑の表情になる。


「あれ……思いだせない。顔が浮かばない。憶えているはずなのに……」

「顔だけが思いだせないの?」

「顔も背格好も、種族も、声も思い出せません」

「逆に思いだせることはなに?」

「言われた内容は覚えています。ですが、それ以外のことは……」


 やはり記憶をいじられているのだろう。

 その後少女は、クルス領での精霊召喚を開始したのだ。


「普段から精霊魔法を使用していたの?」

「いえ、全く使っていませんでした」

「あなたが精霊魔法を使えることを知っているものは?」

「いないと思います」


 だから、精霊魔法を使う獣人を探しても、該当者が見つからなかったのだろう。

 クルスが、少女に語り掛ける。


「ぼくはクルスって言うんだ。あなたのお名前はなんていうの?」

「レアです」

「そっかー。レアちゃんかー。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 そして、クルスは俺の方を見る。


「アルさん。どうしましょうか? 黒幕を捕まえるには情報が足りないです」

「だが、もう精霊召喚はできないだろう? ゆっくり探せばいいんじゃないか?」

「そうなのですか?」

「自分で召喚できるなら、レアを使う必要もないしな」

「なるほどー。そうかもですね」


 レアが不安そうに言う。


「私はどうなるのでしょうか。雪害を引き起こしてしまった以上、厳罰は覚悟しています」


 クルスが真面目な顔で考えはじめた。


「うーん。そうだねー。法学的には心神喪失状態にある場合、罪に問えないのでは? という説があるんだよー」

「……あの、何の話ですか?」


 困惑するレアに、クルスが言う。


「でも、いまの主流は結果責任は問うべきだっていう説でー」

「……」

「両方の学説から考えて、人的被害が出てないから、今回は軽い罰でいいかな」

「軽い罰、ですか?」

「そうだなー。とはいえ、侯爵家の手前もあるし。労働刑かな! チェルちゃん」

「ピギっ?」

「教団の村は、人手が足りないんでしょ?」

「ぴぎぴぎ」


 チェルノボクはその場でぷるぷるした。

 わかりにくいが、うなずいているに違いない。


「レアちゃんに応援に行ってもらおうと思うのだけど、どうかな?」

『ありがと! うれしい!』


 チェルノボクは嬉しそうに返事をする。一方、レアは戸惑っていた。


 労働刑といえば、決して軽い罰ではない。

 もし侯爵家から問い合わせがあっても、問題になることはないだろう。

 そして、教団の村ならば、過酷な労働を課せられることはない。

 実質的には罰ともいえないほどの軽い労働だ。


「レア。疲れたでしょう。今日はゆっくり休めばいいわ」


 ルカはレアを連れて、空き部屋へと向かった。


「クルス、法律の勉強もしてたんだな」

「領主裁判権がありますからねー」

「偉いぞ」

「クルスは偉いのだわ」

「えへへ」


 とりあえずは、精霊召喚の実行犯は確保した。

 ひとまず精霊召喚は収まるだろう。

 これから黒幕を取り締まる必要はある。


 黒幕には、目的があるのだろう。ならば、何か行動を起こすはずだ。

 その際には確実に尻尾を捕まえてやればいい。


 そんなことを考えた。

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