第298話

 気を失った少女をユリーナが診てくれる。


「心配ないのだわ。気を失っているだけね。深い魔法催眠状態から解除のためには必要なことなのだわ」

「心配ないならよかった」

「アル、気を失っている間に体温が下がりすぎたら困るし防寒魔法をかけて欲しいのだわ」

「了解」


 少女に防寒の魔法をかける。

 これで低体温症になる危険はだいぶ減っただろう。


「モーフィ、背中に乗せてあげて欲しいのだわ」

「もっ」


 ユリーナは許可をとって、少女をモーフィの背に乗せた。


「ありがとう、モーフィ。いくらアルの防寒魔法があっても、雪の上に横になっていたら心配なのだわ」


 これで少女は大丈夫だろう。

 クルスが少女の頬を撫でる。


「むむぅ。結局悪いのは催眠をかけたやつってことなのかな?」

「そうかもしれないわね」

「ルカ、どういうことなのかわかる?」


 クルスに問われて、ルカが解説してくれた。


「まず、魔法催眠について前提条件を話すわね」

「うん、お願いだよ」

「いくら魔法による催眠とはいえ、完全に意に反することはさせられないの」

「というと?」

「忠節あつい騎士に王を暗殺させるとかは絶対に無理。でも国王を蔑ろにしていると催眠で思い込ませて大臣を暗殺させることは出来るかもしれない」

「なるほど。今回は兄を探したい、窮地に陥ってたら助けたいという強い意志を利用されたってことだね?」

「その通り。クルス、理解が早くて助かるわ。それでも出来ることと出来ないことがあるのだけど」

「というと?」

「兄を助けるために人を殺せとかは、抵抗が大きいわ。でも、精霊界の門を開けとか精霊を呼び出せだと……」

「結果として悪いことになるとしても、直接的に悪いことではないから、させやすいってことだね?」

「そうそう」


 ルカは、クルスに丁寧に説明する。それは俺たちの知りたいことでもあった。

 俺はルカに尋ねる。


「催眠をかけた奴の手がかりが皆無ってことだよな」

「そうね。でも、この子の能力を狙ったのだと思うわ」


 名前を知らないこの少女は、魔動機械の専門家とのことだ。


「つまり、精霊石の精製を狙ったってことかな?」

「それなら、ジルニドラ大公の像をそのまま使えばよかっただろう」

「……それはそうね」


 謎が深まる。


「つまり、今回精霊を召喚していたのはこの子で間違いはなさそう。でも、催眠をかけた奴がわからない」

「目的もわからないのだわ」

「そのとおりね」


 ヴィヴィが言う。


「この子はどうなるのじゃ?」


 クルス領での召喚はともかく、今の精霊召喚された場所は侯爵領だ。

 裁判権は侯爵にある。


「それは大丈夫だよー。人的被害も経済的被害も、まだ出てないし、処分はぼくに任せてくれるって」


 精霊召喚がこのまま続けば、大きな被害が出ただろう。

 今回は被害が出るまでに事前に防げたのが幸いだった。


「とりあえず、立ち話もなんであろう。村に帰ろうぞ」


 ティミショアラの提案によって、帰ることにした。

 ティミの背中に乗って、飛んで帰る。


 村に帰り、小屋に入ると、ミレット、コレット、ステフがすぐにやってくる。


「おっしゃん、おかえりー!」

「師匠、皆さま、おかえりなさいなのです」

「おかえりなさい。お菓子とお茶、用意しますね」


 帰りの挨拶をして、コレットの頭を撫でる。


「おっしゃん! 精霊どうだった?」

「一応解決だぞー」

「さすが、おっしゃん! そのおねーちゃんは?」

「精霊を召喚していた人だぞー」

「悪い奴?」

「少なくとも運の悪い奴だな」


 そんなことを話しながら、食堂へと向かう。

 ミレットがおやつをもって来てくれるらしいので、食堂だ。


「おかえりなのじゃ。早かったのう」

「ぴぎっ」


 食堂には、ヴァリミエとチェルノボクがいた。

 食堂の長椅子に少女を寝かせて、ユリーナがそばに座る。


「お菓子とお茶ですよー。体冷えたでしょう?」

「ありがとう、ミレット」


 ミレットにお礼をいって、お菓子を食べてお茶を飲む。

 シギも嬉しそうにお菓子を食べる。お茶もぺろぺろなめる。

 シギは猫舌ではないらしい。


 お菓子を食べながら、俺は全員に経緯を説明した。


「催眠であるか。恐ろしい話じゃ」

 ヴァリミエが呻くように言った。


「ヴァリミエ、この魔動機械を見てくれ」

 俺は魔法の鞄から、魔動機械を取り出す。


「ほう? これはこれは。面白い物じゃな」

 ヴァリミエは興味深そうに観察を始めた。

 ゴーレムの専門家であるヴァリミエは魔動機械にも造詣が深いのだ。


「これは、精霊石の純度を上げるための機械であろうか? これとは別に魔法陣があったであろう?」

「そうじゃ、姉上さすがなのじゃ! この上に書かれていた魔法陣を描いてみるのじゃ」


 ヴィヴィは、大き目の紙にペンで魔法陣を描いていく。

 ヴィヴィの筆致は、素早くて綺麗だ。


「ステフ。ミレット、コレット。見ているがよいのじゃ」

 真剣な表情で、ヴィヴィの手元を弟子たちは見つめる。


「魔法陣の模写は、完成の一歩手前でやめるのじゃ。発動させるわけにはいかぬからのう」

 そんなことを説明しながらヴィヴィは描いていった。


 ヴィヴィが模写した魔法陣をヴァリミエが眺める。

 それから、眠ったままの少女を見た。

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