9章

第300話

 精霊召喚の実行犯、レアをムルグ村に連れてきた次の日のことである。

 朝、全員でミレットが作ってくれた朝ごはんを食べた。


 全員とは、俺、クルス、ルカ、ユリーナ。

 それに、ミレット、コレット、ステフ、フェムにモーフィ。

 シギショアラとティミショアラ。

 ヴィヴィとヴァリミエ。そしてチェルノボクである。


 基本、朝ごはんと夜ご飯は、この全員で一緒に食べるのだ。

 今朝は、それに加えてレアがいた。

 レアは少し緊張しながら朝ごはんを食べている。


 そんな時、ヴァリミエが言った。


「アルよ。精霊王においで願うことは可能かや?」

「ん? 可能だと思うが」

「召喚してもらえぬか? 聞きたいことがあるのじゃ」

「……構わないが」

「それに、レアも一度謝った方がいいと思うのじゃ」

「はい、謝る機会をいただけるならば、嬉しいです」


 レアは精霊王を召喚して使役した。つまり大きな迷惑をかけたということだ。

 許されるかどうかはともかく、謝るのが筋だ。


 俺は精霊王の腕輪を撫でながら言う。

「精霊王さま、お願いいたします。召喚に応じ現世へとおいでくださいませ」

 すぐに精霊王の腕輪は、淡く光りはじめる。


「ぴぃ!」

 精霊王が顕現けんげんと同時に鳴いた。


 顕現した精霊王は、きょろきょろする。

 そして俺を見つけると、笑顔で再び鳴いた。


「ぴぃ!」

 俺の腕にしがみつく。


「召喚に応じて下さりありがとうございます」

『いつでも我呼ぶ。許可』

「ありがとうございます」


 精霊王はユリーナにもらった服を着ている。

 可愛らしい。


「服を着用していただけて、ありがたいのだわ」

『我、この服。愛好。感謝』


 精霊王は笑顔だ。


「もっも」

「りゃあ!」


 モーフィは精霊王に近づいて、顔をぺろぺろなめる。

 シギは朝ごはんのジャムをつけたパンを手にもって、精霊王に差し出した。


『シギ、感謝』

 精霊王はパンを食べる。


『美味』

「りゃっりゃあ!」


 精霊王はシギの頭を撫でまくる。シギも嬉しそうに羽をパタパタさせている。

 ご機嫌な精霊王の前に、レアが立つ。

 そして深々と頭を下げた。


「精霊王さま。まことに申し訳ございませんでした」

「ぴぃ?」

「精霊王さまを無理やり召喚し使役するなど、不敬の極みだったと反省しております」

「ぴぴぃ?」


 精霊王は鳴きながら、首をかしげる。


「言い訳になってしまいますが、私は魔法で強力な催眠状態に陥っており……」


 レアの事情説明が続く。

 兄が精霊界にいると騙されたことなども説明している。


 長々とした説明を、精霊王は黙って聞いていた。

 その精霊王に、しきりにシギがパンを持っていく。

 精霊王はシギからパンを受け取ると、パクパク食べていた。

 右手でパンを持って、もしゃもしゃ食べながら、左手ではシギの頭を撫でている。


「精霊王さま、本当にもうしわけありませんでした」

「ぴぃー」


 精霊王は口に入ったパンを飲み込むと、俺の腕を引っ張った。


「どうされましたか?」


 精霊王はレアを指さした。


『誰?』

「彼女はレアと言う精霊魔法の使い手です」

『精霊魔法?』

「そうです。で、精霊王を召喚した召喚主でもあります」

『否定』


 精霊王は断言した。何が違うというのだろうか。


「否定とおっしゃいますと……一体何が?」

『我、レア、初見』

「えっと、精霊王を召喚したのはまた別ということですか?」

『肯定』


 それを聞いて、一番驚いたのはレアだった。


「え、そんな。私は確かに、精霊王さまを召喚したのです」

「うーん。精霊王は人の顔を見分けるのが苦手だったはずよね」


 ルカがそういいながら、精霊王に近づいた。


「精霊王。レアと召喚者が違うという確信があるのですか?」

『肯定』

「ですが、獣耳と角がありますし、尻尾もあります。髪の毛の長さもクルスぐらいですし」

『我を召喚した者。顔恐怖。身の丈巨大』

「つまりレアより顔が怖くて、身長も高かったと」

『肯定』


 そして、精霊王は俺の腕を引っ張る。


『我、空腹』

「あ、これは失礼いたしました」


 俺は精霊王に、朝食の目玉焼きを差し出す。


『否』

 精霊王は首を振ると、ジャム付きのパンを指さす。


『我、所望』

「こちらですね」


 精霊王にジャム付きパンを差し出したシギの判断は正しかったようだ。

 俺はジャム付きのパンを精霊王にあげた。

 精霊王は甘いものが好きなのかもしれない。


『美味』

 それを見て、ミレットが台所へと走った。

 そして、甘いお菓子などを持ってくる。


「精霊王さま、これもどうぞ」

『感謝! 感謝』


 精霊王はご機嫌に食べる。

 シギにも分けてあげたりしながら仲良く食べていた。


 一方、レアは茫然としている。

 そんなレアにルカが優しく言う。


「記憶の書き換えかもしれないわね。レアがやったのは侯爵領での召喚だけなのかもしれないわ」

「……本当に、そうなのでしょうか」


 レアは精霊王に改めて言う。


「精霊王さま。それでも、私はジャック・フロストを無理やり召喚して使役しました。申し訳ございません」

『我許す』

 そういって、精霊王はお菓子を食べる手を止めて、レアの頭を優しく撫でた。

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