第297話

 俺が扉を開くとそこは小さな部屋だった。

 魔道具がたくさん置いてある。


「魔道具……、いや、もう魔動機械といった方がいいかもしれないな」

「たしかに、これは立派なものじゃ」


 ヴィヴィも感心している。

 かなりの水準の機械と言っていいだろう。


「これほどの魔動機械を作れるものは王都にはいないな」

「魔王軍にもいなかったのじゃ」

「りゃあ?」


 シギショアラが、俺の懐から出ようとするので止めた。


「シギ。危ないかもしれないから触ったらダメだぞ」

「りゃ」

「フェム、モーフィ。怪しいものがあったら、いじらないで教えて欲しい」

「わふ」

「も!」


 フェムとモーフィは周囲の匂いを嗅ぎ始めた。


「さっきの女の子の匂いは残っているか? というか、女の子以外の匂いが乗っていたりはしないか?」

『女の子の匂いはするのだ』

「も」

「それ以外は?」

『……しているのだぞ』

『してる』


 フェムとモーフィの二頭ともそういうのなら、正しいに違いない。


「どんな匂い? ゾンビとか?」

『違うのだ。……魔人っぽい気もするのだ』

「魔人か」


 シギを誘拐しようとする魔人と戦いを繰り広げたこともあった。

 あの時の魔人王は退治したが、その配下の魔人すべてを捕まえたわけではない。


『でも、はっきりとは言えないのだ』

「なるほどな。一応気を付けておこう」


 俺がフェムやモーフィと会話している間、ヴィヴィは魔動機械を調べていた。


「アル、ちょっと見るのじゃ」

「どうした?」

「魔法陣の精霊石精製を補助する機械のようじゃ。凄腕じゃな」

「精製された精霊石はどこに?」

「ここに溜まるはずだと思うのじゃが……」

「ほとんど溜まってないな」


 小さいかけらが三つほどしかなかった。


「誰かがもっていったのであろうか……」

「精製されるたびにすぐ使っていたのかもしれないが、その可能性もあるな」


 それから俺とヴィヴィで手分けをして魔動機械を運びやすいように分解した。

 部屋にあった色々なものと合わせて魔法の鞄に入れていく。


「魔動機械は姉上が詳しいのじゃ」

「ヴァリミエは多才だな」

「ゴーレムも魔動機械の一種といえなくもないのじゃぞ」


 そう言われたらそんな気がする。

 地下室を調べ尽くした後、俺たちは外に戻った。


 天候はもう回復していた。雪雲が消え、青空がのぞいている。

 だが、風は冷たかった。


 クルスたちは捕縛した魔導士を囲んでいた。

 ジャック・フロストからの戦利品は回収しきったのだろう。


「アルさん、どうでしたか?」

「機械があったぞ。そっちの魔導士は気付いたか?」

「はい。ついさっき」


 拘束されたままの少女は怯えたような目をしていた。

 未だ少女は催眠の首輪が付けられたままだ。強固な思い込みを持っているはずだ。

 どんな思い込みを持っているか、それが知りたい。


「なぜ精霊を召喚したんだ?」

「兄を助けねばならないのです」

「精霊召喚が、どう兄の救出に繋がるんだ?」


 少女は素直に説明してくれた。

 だが、それは支離滅裂な妄言と言っていいものだ。


 少女の兄は長い間、行方不明だったらしい。

 それを探していると、精霊界にいると教えてもらった。

 それゆえ、精霊を呼び出すことで精霊界への門を開こうとしたのだという。

 当然だが、精霊を呼び出したところで門を開いたりは出来ない。


「精霊召喚の方法は誰から学んだんだ?」

「兄から……」

「魔動機械を作ったのは?」

「私です。魔動機械と精霊召喚を兄から学んだのです」

「なるほど。そういうことね」


 ルカは理解したようだ。そして解説してくれる。

 魔法の催眠で操るにしても、本人の思いを利用して増幅するのが有効だ。


 少女は兄を探していた。窮地に陥っているのではと心配していた。

 その強い思いを利用されたのだろう。


「精霊界に兄がいると教えてくれたのはだれだ?」

「兄の友人の方で……。あれ、思い出せない」

「性別や、種族は?」

「……なんでだろう。思い出せないのです」

「いつどこで会ったんだ?」

「え……。どこだろう……。いつだったんだろう」


 少女は混乱し、おろおろしている。かわいそうになってきた。


 完全に記憶をいじられている。

 記憶をいじられて、催眠にかけられたら抵抗するのは難しい。 

 シギが卵から孵った直後、襲ってきた魔人も記憶をいじられていた。


 それと同種の魔法に違いない。

 ルカが優しい口調で言った。


「アル。お願い。首輪を除去してあげて」

「わかった」


 俺が首輪に手を伸ばすと、少女は怯える。


「やめてください。これを外したら兄にもう会えなくなってしまうのです」

「どうしてあえなくなるんだ?」

「このネックレスは、精霊界の兄とつながっていて……。精霊界への門を開くと、兄との間につながりができるのです。外したらその魔法が解けてしまいます」


 首輪にそのような機能はない。

 万が一にも外さないよう、そう暗示をかけられたのだろう。


「わかった」


 俺がそういうと、少女はほっとする。

 その瞬間、俺は首輪の魔法を解除した。


 ほっとした表情のまま、少女は気を失った。

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