第296話
ヴィヴィの説明を聞いて、クルスが首をかしげる。
「催眠状態だと、複雑なことをさせられるの?」
「魔法を使った催眠だとそうじゃな」
「魔法を使わない催眠っていうのもあるの?」
「あるらしいのじゃ。わらわも詳しくはないがのう」
「へー。すごいね」
ヴィヴィは魔法の催眠にも詳しいらしい。
ヴィヴィの話を聞いていたルカが言う。
「そうね。確かにあるわよ。魔法を使わない催眠っていうのも。暗示? みたいな感じなのだけど」
「魔法を使わずに行動を支配できるってこと? すごい」
「行動を少し変化させる程度よ。魔法じゃないのだからそれでもすごいのだけど」
そして、ルカは、獣人魔導士を見てから、ヴィヴィを見る。
「この子が魔術的催眠にかかっていたってことかしら?」
「そうじゃ。ここをみるがよい……って、わからぬな。簡単に言えば、強烈な思い込みを刷り込まれているのじゃ」
「思い込みって、どんな?」
「それはわからないのじゃ」
ヴィヴィでもわからないらしい。
「とりあえず、首輪を外してみるか」
「アル。待つのじゃ。事情を聞いてから外したほうがいいのじゃ」
「そうなのか?」
「うむ。催眠から解けたら、かかっていたときのことを、果たして覚えているかどうかわからぬからのう」
「なるほど」
気絶から回復するのを待って話を聞けばよいだろう。
「それじゃあ、今のうちに精霊石とか魔道具とか回収しちゃいますね」
「それは大切なのだわ。放置して悪用されたら大変」
クルスとユリーナが回収を開始した。
「じゃあ。わらわは魔法陣を解析するのじゃ」
「手伝おう。フェムとモーフィはルカとティミと一緒に見張っていてくれ」
『了解なのだ』
「もっも」
「任せておいて」
「周囲の様子をうかがっておこう」
俺とヴィヴィは周囲の雪を慎重にどかしていった。
雪の下からは巨大な魔法陣が出現する。
全貌を明らかにするために、どんどん除雪を進めた。
ジャック・フロストが精霊界に帰ったことで、すでに吹雪はやんでいる。
「大きい魔法陣だな。そして緻密だ」
「うむ。じゃが……、このあたりを改良すれば、もっと小さくできるはずじゃ」
「なるほど」
「やはり周囲にあふれた精霊力を、精霊石へと精製するための魔法陣じゃな」
「精製された精霊石はどこだろうか」
「少し待つのじゃ」
「頼む」
魔法陣の解析は俺もできるが、ヴィヴィの方がはるかに上だ。
ヴィヴィに説明されたら理解できる。だが、一から分析するには時間がかかるのだ。
「ふむ。この直下じゃな」
「転移魔法陣で飛ばすみたいなことはしていないんだな」
ヴィヴィは畑で精製した魔石を倉庫に飛ばしている。
あれは転移魔法陣を応用して組み込んであるのだ。
「うむ。この術者には無理であろうな」
「そうか」
この魔法陣を描いたものも、凄腕のはずだがヴィヴィほどではないらしい。
「直下か。ならば地下に入る入り口があるはずだな」
「そうじゃな」
「フェム。少し手伝ってくれ」
『どうしたのだ?』
「地下に入る入り口がこの辺りにある可能性が高いんだ」
『探せばよいのだな?』
「頼む」
『任せるのだ』
フェムは周囲の臭いを嗅ぎまくる。
「激しい吹雪の上、雪が積もっていたからな。難しいと思うのだが」
『確かに臭いを追うのは難しいが、我に任せるのだ』
フェムはすごくやる気だ。
「もっも!」
後ろの方からモーフィの声がした。
そんなモーフィにルカが優しく声をかける。
「モーフィ。ここはあたしとティミだけで大丈夫だから、アルのところに行っていいわよ」
「も?」
「ほら、行くがよい」
ティミに背中を押し出されて、モーフィが走ってくる。
「モーフィも手伝ってくれるのか?」
「もうも!」
「じゃあ、頼む」
「もっ!」
モーフィはフェムと一緒に、探索を開始した。
牛も嗅覚が鋭いのだ。
「もっもー」
『見つけたのだ』
二頭は、すぐに見つけてみせた。
「モーフィもフェムも、やりおるではないかや」
「フェム、モーフィ。すごいぞ」
「わふぅ」
「も!」
俺とヴィヴィはフェムとモーフィを撫でまくった。
「さて、地下の探索だな」
「うむ。気合が入るのじゃ」
「わふわふ」
「もっも」
「りゃ!」
獣たちもやる気だ。シギショアラも俺の懐から顔だけ出して鳴いている。
地下への入り口は、土がかけられ地面に偽装されていた。
だが、よくよく見ると、岩に偽装された取っ手が見える。
「これは、言われないと気づけないのじゃ」
「たしかに」
取っ手を引き上げて開けるタイプの扉だ。しっかり魔法で鍵がかけられている。
俺の魔法で鍵を解錠して、扉を開いた。階段が地下に続いている。
階段は左右に狭く、一人しか並べなさそうだ。
「さて、ついて来てくれ」
俺、ヴィヴィ、フェム、モーフィの順で中に入って行く。
階段を降りきると、扉が見えた。
「また魔法の鍵がかかっているな」
俺は魔法で鍵を解錠する。
「さっきから、軽く開けておるが……。鍵の難度はどのぐらいのものなのじゃ?」
「ああ。かなり難度は高いぞ。一流の魔導士が丁寧にかけた魔法の鍵だろう」
「そうなのじゃな。一人で全部やったのなら、相当の実力者じゃな」
魔法陣、精霊召喚、魔法の鍵。
そのどれもが一流の水準の魔導士に手によるものだ。
「あとで、話を聞かないといけないな」
会話をしながら俺は扉を開けた。
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