第239話

 小屋から出ると、ティミショアラはすぐ本来の巨大な姿に戻った。

 クルスもルカもぴょんと跳んで背に乗った。


「アルラ、手を貸そうか?」

「いや、大丈夫だ」


 ティミは前衛ではない俺を気遣ってくれる。

 だが、俺も勇者パーティーの一員だった男だ。後衛だとしても多少は動ける。

 痛くない右足で踏み切って、手でティミのひざ辺りをつかんで乗った。

 そこから、さらに右足で飛んで背に飛び移る。

 背に飛び乗る瞬間、少し滑ったが、手で鱗を掴んで事なきを得た。


 その様子を見ていたルカが呆れたように言う。


「無理しないで魔法を使えばいいのに」

「それは、そうなのだが、たまには体を動かさないとな」

「まあ、そのほうが健康にはいいかもしれないわね」


 そんなことを話しながら、俺は防風のための魔法障壁を張っていく。

 加えて、ルカとクルス、俺の体の周囲に薄い空気の膜を形成した。

 これで寒さはだいぶしのげるはずだ。


「アルさん、ありがとうございます!」

「ありがと。でも戦闘も控えてるのだから、温存気味でね」

「わかっているさ」


 準備を終えるのを待ってくれていたのだろう。

 ティミが口を開く。この吹雪の中でもよく通る声だ。


「もう、準備はよいか?」

「準備は完了だ。頼む」

「うむ」

 静かにティミが上空へと浮かんでいく。


「りゃっりゃ!!」

 シギショアラが俺の懐の中で元気に鳴いた。

 やはり古代竜、赤ちゃんでも飛ぶのは好きなようだ。


 ティミは空高くまでまっすぐ上がってから、横に移動し始める。

 ムルグ村に配慮しているのだ。

 しばらくはとてもゆっくりと飛んでいた。それから徐々に加速する。


 とても速く飛んでも、振動はほとんどない。

 俺の防風魔法の効果もあり、ティミの背の上だけは、とても静かだ。


 周囲を真剣な表情で眺めていたルカが言う。


「上空から見ても、吹雪がすごすぎて何も見えないわね」

「そうだね。全然見えないね」


 クルスもきょろきょろしているが、星の無い夜空に加えて激しい吹雪だ。

 魔法の灯りに照らされて見える激しく降る雪以外は何も見えない。


「アルさんなら、何かわかりませんか?」

「あたしにはさっぱりだけど、アルなら精霊の気配とかわかるんじゃない?」

「元々、こういう時は周囲の精霊力が強すぎるからな。逆に判別しにくいんだよ」


 荒天時は、精霊が具現化していなくても、精霊力が高くなっていることが多い。

 精霊は自然の具現化と言われる所以である。


「そういうものなんですねー」


 クルスは納得した様子でうんうんと頷いていた。

 とはいえ、この場で精霊の気配を嗅ぎ取るのが一番うまいのは俺だろう。

 判別しにくいとか言ってられない。

 俺は本気で集中して、気配をうかがう。


「……確かに下の方には大量の具現化した精霊、ジャック・フロストがいるな」

「で、あろう? やはりアルラにもわかるか」

 ティミは少し嬉しそうだ。


「いや、ティミに言われなかったら、気づかなかったかもしれない」

「そんなことはあるまい。今朝、我と一緒に空を飛んでいれば気づいたに違いないぞ」

 そういって、ティミは機嫌よさそうに笑った。


「りゃりゃりゃあ」

 シギも笑っているのか細かく鳴いた。


「とはいえ、大量のジャック・フロストがいることは、ティミに言われてわかっていたからな」

「うむ。問題は密度であるな」

 発生源に近い方が、よりジャック・フロストが多いことは予想できる。


「ううむ。沢山いるのはわかるのだが、密度まではわからぬな。アルラはどうだ?」

「わかりにくいな。もう少しかかりそうだ」

「低空を飛んだらどうかしら?」

 ルカの提案でティミは下降した。かなり低い位置まで降りたらしい。

 たまに木々の先端にティミの足が当たっている。


「逆にわかりにくいか? もう少し上の方がよいであろう」

 そういって、ティミはまた上昇する。


「いや、もう少し低空の方がよいかも知れぬ」

 また下がる。ティミも感じ取りやすい高度を試行錯誤しているようだ。


「りゃっりゃ!」

 上昇下降を繰り返したのが、シギは嬉しいらしい。

 俺の懐の中で羽をバタバタさせて喜んでいる。


「さっぱりわからぬな。沢山いすぎであろう」

「大発生だねー」


 ティミのうんざりしたような声に、クルスが暢気な調子で返した。

 それからもティミは試行錯誤しながら、精霊の密度がわかりやすそうな高度を探す。

 俺は無言で、精霊の気配を探るのに集中していた。


 ティミがひと際、下降したときだった。

「おお?」

 ティミが驚いたような声を出した後、氷弾が飛んできた。


「ジャック・フロストの精霊魔法ね!」

 素早くルカが判断する。さすがは学者だ。


「なんの痛痒つうようも感じぬが、煩わしいな。薙ぎ払うか」

「ティミ、それは待ってくれ」

「うむ。待つぞ。アルラに任せよう」

「ありがとう」


 俺は氷弾を魔法障壁で防ぐ。

 当然、俺たちにかけている空気の膜と防風の障壁は維持したままだ。

 それから、氷弾の出所を察知して、魔力弾を撃ち込んだ。

 吹雪が濃いため、ジャック・フロストを視認することはできない。

 だが、手ごたえは感じる。


「さすがに一発では無理か」

 俺は五発ほど連続で撃ち込む。


「Kisiiii」

 不思議な声を出して、ジャック・フロストは消滅した。

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