第238話

 ルカの発言を聞いて、ヴィヴィが尋ねる。


「つまり、人以外がジャック・フロストを発生させて回っているということなのじゃな?」

「その可能性が一番高いでしょうね。そうとも限らないけど」

「召喚して回っているということかや?」

「否定はできないわね」

「だがのう。そもそも、人以外にも、精霊召喚が容易いこととは思えないのじゃ」


 学者らしく、ルカは断言しない。

 可能性の有無しか話せない状況なのだろう。


 仮に何者かが、召喚して回っているとして、それは一体どんな存在だろうか。

 俺はティミショアラに尋ねる。


「ちなみに、ティミはジャック・フロストを召喚出来るのか?」

「我にも難しいと言わざるをえまい。いや、正直に言おう。出来ぬ」


 神に近い古代竜であるティミですら出来ないのだ。

 強大な魔力を持つという、魔人でも難しいだろう。


 果たして、どんな存在ならばジャック・フロストを召喚させることができるのか。

 全員の視線がルカに集まる。


「まあ、普通には無理よね。特別な条件が必要だと思う」

「特別な条件? 召喚主の種族とかか?」

「それよりも、特別な魔道具とかじゃないかしら」

「そもそも、そんな魔道具あるのか?」

「神代のころの魔道具なら可能性はあるわ」


 俺はティミに尋ねる。


「ティミ。大公の宝物庫にはそういう魔道具はあるのか?」

「どうであったか……」

「りゃあ?」


 宝物庫の持ち主であるシギショアラが小さく鳴いた。


「我もシギショアラの宝物のすべてを把握しておるわけではないからのう。だが、我の知っている中にはなかったはずだ」

「そうか。古代竜の貴族とかにそういう魔道具持っている人はいるか?」

「居るかもしれぬのだが……。すくなくとも我は知らぬ」

「そうか」


 他人、いや他竜の宝物の詳細など普通は知らないだろう。

 どちらにしても、古代竜の世界でも珍しいものなのは間違いなさそうだ。


 ルカが冷静な口調で続ける。


「魔導士は詠唱するとき精霊王に呼びかけたりするじゃない?」

「そうだな。そういうこともあるな」


 俺は滅多に詠唱しないが、魔導士は魔法を放つたび詠唱するのが普通だ。

 詠唱の言葉は色々あるが、精霊王に呼びかけるのも一般的だ。


「ジャック・フロストを直接召喚するというよりも、精霊王に呼びかけて送り込んでもらったと考えたほうがいいかも」

「精霊王か。それもまた難しいと思うが……」

「大昔の文献に精霊王と取引した魔導士の記録があるわね」

「その時は何を代償にしたんだ?」

「百人規模の人間の命だったと思うわ」

「それは物騒だな」


 それを聞いていたヴィヴィが言う。


「少なくとも、この辺りでそれほど大量のいけにえが、捧げられたとは思えないのじゃ」

「そうよね、さすがに気づくわね」


 真剣な表情のティミがよく通る声で言う。


「どうやっているのかわからぬが、とりあえずこれ以上召喚されてはたまらぬのだ」

「そうだな」

「アルラよ。とりあえず発生源を探しに行こうぞ」

「そうするしかないか」

「どうやって召喚しているかわからずとも、召喚主を倒せば止まるであろ」


 クルスがうんうんと頷く。


「そだねー。召喚方法は召喚した人を捕まえてから聞けばいいし」



「よし、いくぞ。アルラ」

「夜だし明日になってからの方がいいと思うのだわ」

「いや、今も召喚を続けているやも知れぬのだ。これ以上あふれれば、ジャック・フロストが村の中に入り込むことも考えられる」


 精霊は基本的に、人を避ける傾向にある。

 だから普通はジャック・フロストは人里には近寄らない。家の中にも入ってこない。


 ジャック・フロストと遭遇するのは少人数で移動しているときなどがほとんどだ。

 だが、ジャック・フロストで周囲があふれれば、事態は変わってくる。

 ジャック・フロストが互いに押し合いし始める。

 結果として、人里に侵入するものが出ないとは限らない。


 一体でも、ジャック・フロストが入り込めば、村は凍り付く。

 全滅しかねない。


「そうだな、今からでも動き出した方がいいかもな」

「ぼくも行きますね」

「あたしもついて行くわ」

 クルスとルカも同行を申し出てくれる。


「ということは、私は待機がいいと思うのだわ」

「そうだな。ユリーナは待機していてくれ」


 ユリーナが村に居てくれると安心だ。


「師匠。私も連れて行って欲しいのです」

「ステフも、留守番していてくれ」

 正直ステフは戦力として不安だ。

 どのような戦闘になるかわからないのだ。連れて行かないほうがいい。


「……わかりました」

「モーフィとフェムも今回は留守番を頼む」

「もぅ」

「わふ」

「ムルグ村にも防備がいるからな」

「もっ!」

『わかったのだ』


 俺はシギをテーブルの上に乗せる。


「念のために、シギもお留守番がいいかな」

「りゃ!」

 鳴いて、ヒシっと抱きついてくる。連れて行けと主張しているようだ。


「だがなぁ」

「アルラよ。シギショアラは極地の大公である。ジャック・フロストごとき何ともないぞ」

「そうはいっても」


 不安である。シギはまだ赤ちゃんなのだ。


「我ら古代竜にとって、精霊は脅威にならぬし、教育のためにアルラと我の魔法を見せたいしのう」

「そうか、じゃあ、一緒に来るか?」

「りゃ!」

 シギは俺の懐にもぞもぞと潜り込んだ。可愛らしい。


「いざとなれば、我のブレスで薙ぎ払えばいいだけのことだ」

 ティミがボソッと物騒なことを言った。

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